・・・神戸なる某商館の立者とはかねてひそかに聞き込みいたれど、かくまでにドル臭き方とは思わざりし。ドル臭しとは黄金の力何事をもなし得るものぞと堅く信じ、みやびたる心は少しもなくて、学者、宗教家、文学者、政治家の類を一笑し倒さんと意気込む人の息気を・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・「百万ドルの名馬か?」 ともうひとりの客は、げびた洒落を言いました。「名馬も、雌は半値だそうです」 と私は、お酒のお燗をつけながら、負けずに、げびた受けこたえを致しますと、「けんそんするなよ。これから日本は、馬でも犬でも・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・たとえば一九三四年の統計によると総計百十四回のトルナドーに見舞われ、その損害額三百八十三万三千ドル、死者四十名であったそうである。北米大陸では大山脈が南北に走っているためにこうした特異な現象に富んでいるそうで、この点欧州よりは少なくも一つだ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・同時にユダヤ人の後裔にとっての一つの神なるエホバは自ずから姿を変えて、やがてドルになりマルクになった。その後裔の一人であったマルクスには、「経済」という唯一の見地よりしか人間の世界を展望することが出来なかった。それで彼の一神教的哲学は茫漠た・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・そうして金を千ドル以上持っているかを聞かれた。そうして上陸早々ホボケンの税関でこのチューインガムの税関吏のためにカバンを底の底まで真に言葉通り徹底的に引っくり返されたのであった。これが、ついちょっと前に港頭に聳ゆる有名な「自由の神像」を拝し・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・遙か下なる春の海もドルエリと答える。海の向うの遠山もドルエリと答える。丘を蔽う凡ての橄欖と、庭に咲く黄な花、赤い花、紫の花、紅の花――凡ての春の花と、凡ての春の物が皆一斉にドルエリと答える。――これは盾の中の世界である。しかしてウィリアムは・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・一日一ドルずつ手間をやるぜ。そうでもしなかったらお前は飯を食えまいぜ。」 ネネムは泣き出しそうになりましたがやっとこらえて云いました。「おじさん。そんなら僕手伝うよ。けれどもどうして昆布を取るの。」「ふん。そいつは勿論教えてやる・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・三十年間にうけた抑圧との闘いによってプロレタリアとして目覚めた一移民労働者が、今や彼の賃金を百ドルから七十ドルに切り下げる恐慌に対して、利害の衝突する二つの資本主義国家間の泥仕合的排外主義に対し、ピオニイルの養成にも熱誠を示すというようなの・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・エンゲルスの援助と、ニューヨーク・トリビューン紙から送られる一回僅か五ドルの原稿料が生活の資であった。五〇年五月にイエニーがワイデマイヤーに宛て書いた手紙はロンドンに於ける一家の姿をまざまざと語っている。四番目の子供は弱くて夜もせいぜい二三・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・一九三六年のダイジェストの調査は調査ごとに五〇万ドルの費用をかけ一千万枚のアンケートを発送し、二、一五八、七八九の回答にもとづいて行われた。この大仕掛のダイジェスト世論調査が、何故にとりかえしのつかない大失敗に終ったかというと、そこには実に・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
出典:青空文庫