・・・そして、それが、単に怖がらせの妖怪談であったり、また滑稽ものであったり、然らざれば、教訓的な童話であり、若くは、全くのナンセンスであって足れりとしました。 しかし、かくのごときものは、児童等の知識の進むに従って、満足することができな・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・何故なら強制には強制者と被強制者とが対立せねば無意味であるが、この場合にはより強い動機とは自分の意欲にほかならぬ、自己が自己を強制するとはナンセンスである。自由とは意欲が人格によって規定されるという意味である。したがってかくの如き人格が道徳・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・文化の果には、いつも大笑いのナンセンスが出現するようでございます。教養の、あらゆる道は、目的のない抱腹絶倒に通じて在るような気さえ致します。私はこの世で、いちばん不健康な、まっくらやみの女かも知れませぬけれど、また、その故にこそ、最も高い、・・・ 太宰治 「古典風」
・・・やたらに深刻をよろこぶ。ナンセンスの美しさを知らぬ。こ理くつが多くて、たのしくない。お月様の中の小兎をよろこばず、カチカチ山の小兎を愛している。カチカチ山は仇討ち物語である。 おばけは、日本の古典文学の粋である。狐の嫁入り。狸の腹鼓・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・ たまに、すこし書くのであるから、充分、考えて考えて書かなければなるまい。ナンセンス。 カントは、私に考えることのナンセンスを教えて呉れた。謂わば、純粋ナンセンスを。 いま、ふと、ダンデスムという言葉を思い出し、そうして・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・何の事だか、まるでナンセンスのようでございますが、しかし、感覚的にぞっとするほどイヤな、まるで地獄の妖婆の呪文みたいな、まことに異様な気持のする言葉で、あんな脳の悪い女でも、こんな不愉快きわまる戦慄の言葉を案出し投げつけて寄こす事が出来ると・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・自分がおならひとつしたことを書いても、それが大きい活字で組まれて、読者はそれを読み、襟を正すというナンセンスと少しも違わない。作家もどうかしているけれども、読者もどうかしている。 所詮は、ひさしを借りて母屋にあぐらをかいた狐である。何も・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・死ぬのが、いやなら進まなければならぬ。ナンセンスに似ていた。笠井さんも、流石に、もう、いやになった。八方ふさがり、と言ってしまうと、これもウソなのである。進める。生きておれる。真暗闇でも、一寸さきだけは、見えている。一寸だけ、進む。危険はな・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・雪が消えたところで、この枯葉たちは、どうにもなりやしないんだ。ナンセンス、というものだ。菊代、声立てて笑う。いや、笑いごとじゃありませんよ。僕たちだって、こんなナンセンスの春の枯葉かも知れないさ。十年間も、それ以上も・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・言いかえれば、作家が、このような感想を書きつづることのナンセンスに触れた。「もの思う葦。」と言い、「碧眼托鉢。」と言うも、これは、遁走の一方便にすぎないのであって、作家たる男が、毎月、毎月、このような断片の言葉を吐き、吐きためているというの・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
出典:青空文庫