・・・と少し叱り気味で云うと、「ハイ、ハイ、ご道理さまで。」と戯れながらお近はまた桑を採りに圃へ入る。それと引違えて徐に現れたのは、紫の糸のたくさんあるごく粗い縞の銘仙の着物に紅気のかなりある唐縮緬の帯を締めた、源三と同年か一つも上で・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・今はじまったことでは無いが、自分は先輩のいかにも先輩だけあるのに感服させられて、ハイなるほどそうですネ、ハイなるほどそうですネ、と云っていると、東坡巾の先生はてんぜんとして笑出して、君そんなに感服ばかりしていると、今に馬糞の道傍に盛上がって・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・と云われると、それが厳しい叱咤であろうと何であろうと、活路を死中に示され、暗夜に灯火を得たが如く、急に涙の顔を挙げて、「ハイ」と答えたが、事態の現在を眼にすると、復今更にハラハラと泣いて、「まことに相済みませぬ疎忽を致しました。・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・お前何時頃出れるか分らないかときいたら、ハイお母さん有難うございますッて云うんだよ。俺びっくりしてしまった。これ、進や、お前頭悪くしたんでないかッて云ったら、お母アの方ば見もしないで、窓の方ば見たり、自分の爪ば見たりして、ニヤ/\と笑うんだ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ 女は酒をつぐと、「ハイ」と彼に言った。「俺は飲まないんだ。君に飲ませるよ」「どうして?」「飲みたくないんだ」彼は女の手に盃を持たしてやった。「ソお」女は今度はすぐ飲んだ。 龍介は注いでやった。「本当、いいの・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ バカ野郎、ハイスイの陣だよ。」「あら、そう?」 けろりとしている。田島は、いよいよ、にがにがしくなるばかり。しかし、美しい。りんとして、この世のものとも思えぬ気品がある。 トンカツ。鶏のコロッケ。マグロの刺身。イカの刺身。支那・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・片仮名の、ハイという感じであります。一時ちかく、生徒たちが自動車で迎えに来ました。学校は、海岸の砂丘の上に建てられているのだそうです。自動車の中で、「授業中にも、浪の音が聞えるだろうね。」「そんな事は、ありません。」生徒たちは顔を見・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・たとえばフランス人ジュリアン・ヴォカンスが大戦の塹壕生活を歌った、七、七、七シラブルの「ハイカイ」には全く季題がないので、どうひいき目に見てもわれわれには俳諧とは思われないのである。(改造社俳句講座第七巻、後藤 季題の中でも天文や時候に・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ ジュール・ロマンという人が、フランス人の作ったいわゆるハイカイを批評した言葉の中におおよそ次のような意味の苦言がある。「俳句の価値はすべての固定形の詩の場合と同様に詩形の固定していること、形式を規定する制約の厳重なことに存している。か・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・「オーイ」 相番のコーターマスターが、タラップから顔を覗かすと、直ぐに一運は怒鳴った。「時間中に、おもてへ入ることは能きないって、おもてへ行って、ボースンにそう云って来い」「ハイ」 彼が下りかけると、浴せかけるように、一・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
出典:青空文庫