・・・あの女はこの半年ばかり、多少ヒステリックにもなっていたのでしょう。一時はほとんど毎日のように、今日限り三味線を持たないとかいっては、子供のように泣いていました。それがまたなぜだと訊ねて見ると、わたしはあの女を好いていない、遊芸を習わせるのも・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・女はヒステリックになにごとか叫んでいた。 夕闇が私の部屋に流れ込んで来た。いきなり男の歌声がした。他愛もない流行歌だった。下手糞なので、あきれていると、女の歌声もまじり出した。私はますますあきれた。そこへ夕飯がはこばれて来た。 電燈・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・眇眼の眼もヒステリックに釣り上がって、唇には血がにじんでいた。「――これがおれの惚れていた女か」 と、そんなお千鶴の姿ににわかにおれはがっかりしたが、ふと連想したことがあったので、「――お千鶴さん、困るね。そんな恰好で来られては・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・極端な、ヒステリックな虚栄家であります。作品を発表するという事は、恥を掻く事であります。神に告白する事であります。そうして、もっと重大なことは、その告白に依って神からゆるされるのでは無くて、神の罰を受ける事であります。自分には、いつも作品だ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ どうもあれには閉口、まいったよ、そういう言い方は、ヒステリックで無学な、そうして意味なく昂ぶっている道楽者の言う口調である。ある座談会の速記を読んだら、その頭の悪い作家が、私のことを、もう少し真面目にやったらよかろうという気がするね、・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ さちよは、高須に気がつかず、未だ演技直後の興奮からさめ切らぬ様子で、天井あおいでヒステリックな金切声たてて笑いこけていた。「ちょっと、あなた、ごめんなさい。」 耳もとで囁き、大きい黒揚羽の蝶が、ひたと、高須の全身をおおい隠し、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 私はいまジャーナリズムのヒステリックな叫びの全部に反対であります。戦争中に、あんなにグロテスクな嘘をさかんに書き並べて、こんどはくるりと裏がえしの同様の嘘をまた書き並べています。講談社がキングという雑誌を復活させたという新聞広告を見て・・・ 太宰治 「返事」
・・・実際子供やヒステリックな婦人などの場合では、泣いているかと思うと笑っていて、どちらだかわからない場合が多いし、また正常なおとなでも歓楽きわまって哀情を生じたり、愁嘆の場合に存外つまらぬ事で笑いだすような一見不思議な現象がしばしば見らるるので・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ことに女の甲高なヒステリックな声が中庭の四方の壁に響けて鳴っていた。夫婦げんかでもしているのか、それとも狂人だかわからなかった。五月四日 朝八時四十分に立つハース氏を見送って停車場まで行った。「きょうからわれら二人は Waisenに・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・目のまわりにあったヒステリックなしわは消えておっとりした表情に変わっていた。どういう良い待遇を受けて来たのだろうというのが問題になった。親の乳でも飲んだためだろうという説もあった。 夏も盛りになって、夕方になると皆が庭へ出た。三毛もきっ・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫