・・・安価なヒロイズムだ。さっさと靴をはいて、僕と一緒に来たまえ。」「靴なんて、ありやしない。売っちゃったんだよ。」立ちつくし、私の顔を見上げて笑っている。 私は、異様な恐怖に襲われた。この目前の少年を、まるっきりの狂人ではないかと疑った・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・英語ではこれを heroism と名づけます。吾人の heroism に対して起す情緒は実際偉大なものに相違ありません。私は今日ここへ参りがけに砲兵工厰の高い煙突から黒煙がむやみにむくむく立ち騰るのを見て一種の感を得ました。考えると煤煙など・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・生き方にヒロイズムを描き出している。汚れをいとわないとか、古くさい結婚の形にしばられない感情の冒険とかいうことの現実をみると、結局は社会の経済生活の崩壊による女性の男への寄生的生活の合理化であり、広汎な売娼生活の合理化だということが分ります・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・軍部の煽動にのって若い女性が、明日にかくされている生活の破滅に向ってヒロイズムでごまかされないように、戦争的美名にかくされた資本主義の搾取の現実を見とおすように、荒くれたかぶった世間の気風のうちに、ひとすじの人間らしさと、その発展のための努・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・非現実のヒロイズムで目のくらむような照明を日夜うけつづけて育った。自分としての判断。その人としての考えかた。社会生活におけるそのことの必然を認めることさえ罪悪とした軍部の圧力は、若い精神に、この苛烈な運命に面して自分としてのすべてに拘泥する・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・の天地は再び震撼しはじめているが、この前のように盲目の狂暴に陥るまいとする努力は到るところに見られており、男に代って社会活動の各部署についた婦人たちも、二十五年昔よりは高められている技能とともに単純なヒロイズムにのぼせていないものを持ってい・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・ 大きく日本の世界におけるありようを知って、自分の愛する家族たちの動き、浮沈について利害をこえた理解同情をも抱ける婦人の感情の高まりは、単純なヒロイズムからは期待されまいと思う。 どんな主婦も、その前は娘たちであるのだし、今日の若い・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・主人公である先生の理屈の上でもっともな面だけを描いているし、終りも突然のヒロイズムで結ばれていて、読者にはこまかい心のいきさつがのみこめない。無邪気によい教育をする先生でありたいと思う心からの動きを投獄というおどかしでねじ伏せたところが過去・・・ 宮本百合子 「選評」
・・・小市民的なヒロイズムそのものが人民の前衛ではありません。小市民の中にある客観的な、自己陶酔でない、歴史とともに前進してゆく進歩性、つまりブルジョア・リアリズムを着実な生成の過程で発展させてゆこうとする進歩性が、社会と芸術の前衛たりうるのでは・・・ 宮本百合子 「第一回日本アンデパンダン展批評」
・・・非合法だった時代の党の気の毒な官僚主義、ヒロイズム、独善などがかりに小林多喜二の「工場細胞」に反映しているならば、小林多喜二的身がまえによって――積極的に歴史の課題に答えようとする民主的文学者の行動性で、その弱点は今日の「工場細胞」の現実描・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
出典:青空文庫