・・・をそっくりそのままベッドの前に立たせ、変なおやじが箒で腰をなぐろうとしている光景は甚だ珍妙ないかがわしいものであった。大切りにナポレオンがその将士を招集して勲章を授ける式場の光景はさすがにレビューの名に恥じない美しいものであった。 ムー・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ 彼とベッドを並べて寝る深谷は、その問題についてはいつも口を緘していた。彼にはまるで興味がないように見えた。 どちらかといえば、深谷のほうがこんな無気味な淋しい状態からは、先に神経衰弱にかかるのが至当であるはずだった。 色の青白・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ 病人は、彼のベッドから転げ落ちた。 彼は「酔っ払って」いた。 彼の腹の中では、百パーセントのアルコールよりも、「ききめ」のある、コレラ菌が暴れ廻っていた。 全速力の汽車が向う向いて走り去るように、彼はズンズン細くなった。・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ 気がついてみるとブドリはどこかの病院らしい室の白いベッドに寝ていました。枕もとには見舞いの電報や、たくさんの手紙がありました。ブドリのからだじゅうは痛くて熱く、動くことができませんでした。けれどもそれから一週間ばかりたちますと、もうブ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・の中でベルクナアが妻を演じて、苦しいその心のありさまを病む良人のベッドのよこでの何ともいえないとんぼがえりで表現した、あの表現と同様、どうも女優そのものの体からひとりでに出たものとは思われない。寧ろ監督の腕と思う。勿論、そのなかにも女優が自・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・その支払いのためには残らずのベッドが売られなければならなかった。二三百人もの彌次馬に囲まれて、全財産を手放したマルクス一家は新しい小部屋に引移った。 この年の末、次男ヘンリーが死んだ。二年後に三女のフランチスカが亡くなった。その棺を買う・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・やがて、白い上っぱりを着た写真師が助手をつれて入って来て、ベッドに仰むきに臥ている自分の右側のおなかの傷に向って高いところからアングルをとって写してゆく。もういいのかと思ったら富田さんがいそいで来て、木村先生が御自分でいらっしゃってからおと・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・不具になる程のことはなかったが、眉間と額との傷はのこるだろうと書いてあり、治療所のベッドから書かれたものであった。そして、その負傷のしかたが、突撃中ではなく、而もいかにもまざまざと戦地の中に置かれた身の姿を思い描かしめるような事情においてで・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・二篇とも、ストレプトマイシンが無料で闘病者のベッドに訪れて来る日を待っているのは、心をうたれる。ストレプトマイシンが療養所でつかわれる日を「何日かは春に」と待っているひとは、日本じゅうに、どれほどいるだろう。 「可哀そうな権力者」ひと・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・ 彼は深い呼吸をすると、快活に妻のベッドの傍へ寄っていった。「おい、お前は死ぬことを考えているんだろう。」 妻は彼を見て頷いた。「だが、人間は死ぬものじゃないんだ。死んだって、死ぬなんてことは、そんなことは何んでもない。分っ・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫