・・・室だけならまだ可いが、食事の時間になったらボーイを寄こしてとうとう食堂まで引張り出された。あんなに不愉快な飯を食ったことはない。B それは三等の切符を持っていた所為だ。一等の切符さえ有れあ当り前じゃないか。A 莫迦を言え。人間は皆赤・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・何しろ世を挙げて宣伝の時代、ある大きな酒場では私をボーイに雇いたいと言ってきました。うっかり応じたら、私はまた新聞種になって、恥を上塗ったところでしたが、さすがに応じなかった。ある女は結婚したいと手紙を寄越した。私と境遇が似ているというので・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・大阪から例の瀬戸内通いの汽船に乗って春海波平らかな内海を航するのであるが、ほとんど一昔も前の事であるから、僕もその時の乗合の客がどんな人であったやら、船長がどんな男であったやら、茶菓を運ぶボーイの顔がどんなであったやら、そんなことは少しも憶・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ 外から頼むように扉を叩く。ボーイが飛んで行った。鍵をはずした。 きゅうにドカドカと騒がしい音がして、二人の支那人が支那服を着た田川を両方から助け肩にすがらしてはいってきた。「大人、露西亜人にやられただ」 支那人の呉清輝は、・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・四十歳ちかいボーイは、すこし猫背で、気品があった。 乙彦は笑って、「お世話になる。」「どうも。」給仕人は、その面のような端正の顔に、ちらとあいそ笑いを浮べて、お辞儀をした。 そのまま、乙彦は外へ出た。ステッキを振って日比谷のほう・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・その証拠には、街頭を歩いているラッパズボンのボーイらが店頭からもれ出るジャズレコードの音を聞けば必ず安物の器械人形のように踊りだす。それだからこれは野蛮民の戦争踊りが野蛮民に訴えると同じ意味において最高の芸術でなければならないのである。これ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・甲板へ上がってボーイに上等はあいているかと問うとあいているとの事、荷物と帽を投げ込んで浜を見ると、今端艇にのり移ったマントの一行五、六人、さきの蝶々髷の連中とサヨーナラといっているのが聞える。蚕種検査の御役人が帰るのだなと合点がいった。宿の・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・売り手のよごれた苦いじいさんは、洋服姿のモダンボーイに変わっている。しかし団扇の使い方に見られたあの入神の妙技はもう見られない。獅子はバタバタとチャールストンを踊るだけである。なるほどこのほうがほがらかで現代的で見るのに骨が折れない。一目見・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ 二 ボーイ A町を横に入った狭い小路に一軒の小さな洋食店があった。たった一部屋限りの食堂は、せいぜい十畳くらいで、そこに並べてある小さな食卓の数も、六つか七つくらいに過ぎなかった。しかし部屋が割合に気持のいい部屋・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・函館の連絡船待合所に憐れな妙齢の狂女が居て、はじめはボーイに白葡萄酒を命じたりしていたが、だんだんに暴れ出して窓枠の盆栽の蘭の葉を引っぱったりして附添いの親爺を困らせた。それからしゃがれた声で早口に罵りはじめ、同室の婦人を指しては激烈に挑戦・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
出典:青空文庫