・・・見物人はわれわれ位の紳士だけれども、何だか妙な、絵かきだか何だか妙な判じもののような者や、ポンチ画の広告見たような者や、長いマントを着て尖ったような帽子を被った和蘭の植民地にいるような者や、一種特別な人間ばかりが行っている。絵もそういう風な・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ああ北海道、雑嚢を下げてマントをぐるぐる捲いて肩にかけて津軽海峡をみんなと船で渡ったらどんなに嬉しいだろう。五月十日 今日もだめだ。五月十一日 日曜 曇 午前は母や祖母といっしょに田打ちをした。午后はうちのひば垣・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・といいながらつめたいガラスのマントをひらめかしてむこうへいってしまいました。 お日様はもえる宝石のように東の空にかかり、あらんかぎりのかがやきを悲しむ母親の木と旅にでた子どもらとに投げておやりなさいました。・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・ その晩の夢の奇麗なことは、黄や緑の火が空で燃えたり、野原が一面黄金の草に変ったり、たくさんの小さな風車が蜂のようにかすかにうなって空中を飛んであるいたり、仁義をそなえた鷲の大臣が、銀色のマントをきらきら波立てて野原を見まわったり、ホモ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・いつかいつものねずみいろの上着の上にガラスのマントを着ているのです。それから光るガラスの靴をはいているのです。 又三郎の肩には栗の木の影が青く落ちています。又三郎の影は、また青く草に落ちています。そして風がどんどんどんどん吹いているので・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 冬の寒いとき、そして最も日本的な梅雨のふりつづくとき、撮影もしにくい光線と湿気との中で、ゴム長靴マント姿の学童たちの生活はどのように営まれているか。交通事故の防止のために市が子供らに払っている注意、子供ら自身の身につけている訓練。それらの・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
・・・ それから間もなく水色のお召のマントに赤い緒の雪駄、かつら下地に髪を結んで、何かの霊の様なお龍と男はにぎやかなアスファルトをしきつめた□(通りを歩いて居た。通る男も通る男も皆自分からお龍をはなしてもって行きたそうに思われた、そして又女も・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・大阪ではひどい雨に会って、天王寺の会場へゆく道々傘をもたない私共は濡れて歩いたのであったが、稲子さんは、宿をかしてくれた友達のマントを頭からかぶって、足袋にはねをあげまいと努力しながら、いそいで歩いた。私は洋服を着て、その不自由そうな様子を・・・ 宮本百合子 「窪川稲子のこと」
・・・ 颯っと短いマントに短剣を吊って、素早く胡瓜売りの手車の出ている角を曲ったのは、舞踊で世界的名声のあるカザークの若者だ。 ホテルの食堂で、英語、ドイツ語がロシア語と混って響くばかりでない。喉音の多い東洋語が活々とあっちこっちで交わさ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・ 退院者の後を追って、彼女たちは陽に輝いた坂道を白いマントのように馳けて来た。彼女たちは薔薇の花壇の中を旋回すると、門の広場で一輪の花のような輪を造った。「さようなら。」「さようなら。」「さようなら。」 芝生の上では、日・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫