・・・博文館の活動は之から以後一層目鮮しかったので、事毎に出版界のレコードを破った。茲で小生は博文館の頌徳表を書くのでないから、一々繰返して讃美する必要は無いが、博文館が日本の雑誌界に大飛躍を試みて、従来半ば道楽仕事であった雑誌をビジネスとして立・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・といって、箱の中から一枚のレコードを抜いて、盤にかけながら、「私は、この唄をきくと悲しくなるの、東京に生まれて、田舎の景色を知らないけれど、白壁のお倉が見えて、青い梅の実のなっている林に、しめっぽい五月の風が吹く、景色を見るような気がす・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・その客というのは東京のあるレコード会社の重役でしたが、文子はその客が好かぬらしく、だからたまたま幼馴染みの私がその宿屋の客引をしていたのを幸い、土産物を買いに出るといっては、私を道案内にしました。そして、二人は子供のころの想い出話に耽ったの・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・はひと一倍働き者で、遅刻も早引も欠席もしないで、いいえ、私がさせないで、勤勉につとめているのに、賞与までひとより少ないとはどうしたことであろうと、私は不思議でならなかったが、じつはあの人は出退のタイムレコードを押すことをいつも忘れているので・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 庄之助が懐の金を心配しながら、寿子と二人で泊っていた本郷の薄汚い商人宿へは、新聞記者やレコード会社の者や、映画会社の使者や、楽壇のマネージャー達がつめかけた。 彼等は異口同音に「天才」という言葉を口にした。すると、庄之助は何思った・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・漆喰の土間の隅には古ぼけたビクターの蓄音器が据えてあって、磨り滅ったダンスレコードが暑苦しく鳴っていた。「元来僕はね、一度友達に図星を指されたことがあるんだが、放浪、家をなさないという質に生まれついているらしいんです。その友達というのは・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・メリカの人たちの指導のおかげか、戦前、戦時中のあの野暮ったさは幾分消えて、なんと、なかなか賑やかなもので、突如として教会の鐘のごときものが鳴り出したり、琴の音が響いて来たり、また間断無く外国古典名曲のレコード、どうにもいろいろと工夫に富み、・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ ベルリン大学にける彼の聴講生の数は従来のレコードを破っている。一昨年来急に世界的に有名になってから新聞雑誌記者は勿論、画家彫刻家までが彼の門に押しよせて、肖像を描かせろ胸像を作らしてくれとせがむ。講義をすまして廊下へ出ると学生が押しか・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・彼の聴講者は千二百人というレコード破りの多数に達した。彼の講義室は聞くまでもなくすぐ分る。みんなの行く方へついて行けばいい、と云われるくらいだそうである。この人気に対して一種の不安の色が彼の眉目の間に読まれる。のみならず「はやりものだな」と・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
チャイコフスキーの「秋の歌」という小曲がある。私はジンバリストの演奏したこの曲のレコードを持っている。そして、折にふれて、これを取り出して、独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界にわけ入る。 北欧の、果てもなき平野の奥に・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
出典:青空文庫