・・・溝口氏が益々奥ゆきとリズムとをもって心理描写を行うようになり、ロマンティシズムを語る素材が拡大され、男らしい生きてとして重さ、明察を加えて行ったらば、まことに見ものであると思う。〔一九三七年六月〕・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・ 当時、日本の文学は、白樺派の人道主義文学の動きがあり、他方に、自然主義が衰退したあとの反射としておこった新ロマンティシズムの文学があった。谷崎潤一郎の「刺青」などを先頭として。同時に『新思潮』という文学雑誌を中心に芥川龍之介が「鼻」「・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・が芸術的に弱いロマンティシズムに捕われながら、手法の上で一種独特の単調な反復を敢てしている点が、私に数ヵ月以前観たドイツのヒマラヤ登攀実写映画を思い出させた。その映画でもやはり人間の努力の姿を語ろうとして同じような山道を攀じ登る姿を繰り返し・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・白秋のロマンティシズムに、九州柳川の日が照って、桐の花がちりかかっていたように、その頃の、きれいな本をつくりたい心、そういうきれいな本をもってみたい心は、日本の出版企業の、かつて初々しかった昔の物語である。そして、それはまだ文化の問題に入っ・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・十九世紀のイギリスのロマンティシズムがレルモントフに影響し、サッカレーやディケンズのリアリスムがトルストイなどに作用したにしても、その結果あらわれたロシアの六〇年代の小説と評論は、それが本来の人生の問題につき入っていたからこそ世界精神につよ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・散文精神という言葉はこれらの作家達によって言われているのであるが、ロマンティシズムに対する、又は常套的な詩的精神に対する現実の強調、勇気ある散文の精神を対置している意味は何人にも明かであるとして、現実と作家との関係を方向づけている上述のよう・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ ロマンティシズムの精神において、では作家は縦横自在であり得るかといえば、現実にはその天地にも埒があって、ロマンティシズムの方向もほぼ見とおされる。現代にそのようなロマンティシズムへの傾きが何故生じていないかという文学の問いに、ロマンテ・・・ 宮本百合子 「作家と時代意識」
・・・ネオ・ロマンティシズムという名は、谷崎潤一郎の「刺青」という作品に絡めて以外に私たちに与えられていない。文学において、作者の動きは、いつも作家が作品を体につけて躍び上るなり舞い下るなりしていた。日本における自然主義の消長として荷風の社会批評・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・ 大きい歴史のうねりで眺めれば、明治二十年末期の『文学界』のロマンティシズムがその踵をしっかりとつかまえられていた封建の力を、殆どそれなり背面にひっぱったまま大正末から昭和の十年間という時期をも経て、今日の、或る点から云えば極めて高度な・・・ 宮本百合子 「職業のふしぎ」
・・・は封建的なものと、藤村などによって紹介されはじめていた近代ヨーロッパの文学にあらわれたロマンティシズムの影響とが珍しい調和をもってあらわれた一粒の露のような特色ある名作である。 明治も四十年代に入ったころ、平塚雷鳥などの青鞜社の運動があ・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
出典:青空文庫