・・・その後教授が半ばはその研究の資料を得るために半ばはこの自分を追跡する暗影を振り落とすためにアフリカに渡ってヘルワンの観測所の屋上で深夜にただ一人黄道光の観測をしていた際など、思いもかけぬ砂漠の暗やみから自分を狙撃せんとするもののあることを感・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・「朝 ヌク飯三ワン 佃煮 梅干 牛乳一合ココア入リぐようなあさましい人間の寄り合いを尋ね歩いて、ちぐはぐな心の調律をして回るような人はないものであろうか。 物語に伝えられた最明寺時頼や講談に読まれる水戸黄門は、おそらく自分では一種の・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・that time the great majority of the students of physics cared little for meteorology and perhaps no one dreamed of the d・・・ 寺田寅彦 「PROFESSOR TAKEMATU OKADA」
・・・その笑い方苦笑にあらず、冷笑にあらず、微笑にあらず、カンラカラカラ笑にあらず、全くの作り笑なり、人から頼まれてする依托笑なり、この依托笑をするためにこの巡査はシックスペンスを得たか、ワン・シリングを得たか、遺憾ながらこれを考究する暇がなかっ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ ナチスから追われて国外に亡命したトーマス・マンの全家族、フォイヒトワンガー、ルドリヒ・レーン、エルンスト・トルラーなどは、それぞれ国外で反ファシズムと世界文化擁護のための活動をしていた。 けれども日本の一九三七年はメーデーを正式に・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・現代の 複雑さ、未来派や耽美派やソシアリストや皆、生命の ワン グリムプスを奉じて居ると思う。生命の本源、生存の真髄は決して、ナレッジで啓かれ、触れられると思わない。大なる直覚、赤児のような透視無二無私に 瞳を放つ処・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・太郎に私が上から「太郎ちゃん、ワンワンにおかし、はいって!」と云ったら、Sさんというスエ子の注射のために来ている看護婦が「おやりになってるもんだから味をしめて動かないんです」と笑っている。太郎は自分の手からビスケットをやってなめられて、アウ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・戦後四年めになって、日本の社会と文化とは、権力がのぞんでいる民主化抑圧の第四の時期を経験した。ワン・マン彼自身が国際茶坊主頭である。茶坊主政治は、護符をいただいては、それを一枚一枚とポツダム宣言の上に貼りつけ、憲法の本質を封じ、人権憲章はた・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・そして Mem タニが女性の適応性によって、キャパンの流行巴里料理を通じ熱心に one of them たろうとする時 Mr. タニは更に一層の熱をもってロンドン日本料理店献立表を報告した。 ヨーロッパ人の云うところの soyuや食える・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・ From Annette & Sylvie “Annette felt that, alone, she was incomplete; incomplete in mind, body and heart.”・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
出典:青空文庫