・・・暫らくすると仁右衛門は赤坊を背負って、一丁の鍬を右手に提げて小屋から出て来た。「ついて来う」 そういって彼れはすたすたと国道の方に出て行った。簡単な啼声で動物と動物とが互を理解し合うように、妻は仁右衛門のしようとする事が呑み込めたら・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 麦搗も荒ましになったし、一番草も今日でお終いだから、おとッつぁん、熱いのに御苦労だけっと、鎌を二三丁買ってきてくるっだいな、此熱い盛りに山の夏刈もやりたいし、畔草も刈っねばなんねい……山刈りを一丁に草刈りを二丁許り、何処の鍛冶屋でも・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・蜂谷の庭に続いた桑畠を一丁も行けば木曽川で、そこには小山の家の近くで泳いだよりはずっと静かな水が流れていることなぞを知らせに来るのも、この子供だ。「桑畠の向うの方が焼けていたで。俺がなあ、真黒に焼けた跡を今見て来たぞい」 こんなこと・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 路は狭く暗く、おまけにぬかるみなどもあって、私たちは二人ならんで歩く事が出来なくなった。女が先になって、私は二重まわしのポケットに両手をつっ込んでその後に続き、「もう半丁? 一丁?」とたずねる。「あの、あたし、一丁ってどれくらいだ・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
出典:青空文庫