・・・この間に、早瀬、ベンチを立つ、お蔦縋るようにあとにつき、双方涙の目に月を仰ぎながら徐にベンチを一周す。お蔦さきに腰を落し、立てる早瀬の袂を控う。お蔦 あきらめられない、もう一度、泣いてお膝に縋っても、是非もしようもないのでし・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・そして、池の上を、なつかしそうに一周したかと思うと、ここを見捨てて、陣形を造って、たがいに鳴き交わしながら、かなたへと消えていってしまったのであります。 年とったがんが、彼らの先達でありました。つぎにりこうなSがんと、勇敢なKがんがつづ・・・ 小川未明 「がん」
・・・と見る間に南極の空が浮びあがって、星の世界一周が始まったのだ。 などとこんな説明で、その浪慢的な美しさは表現できぬ。われを忘れて仰いでいると、あろうことか、いびきの音がきこえて来た。団体見学の学生が居眠っているのだった。たぶん今は真夜中・・・ 織田作之助 「星の劇場」
・・・それは子供を乗せて柵を回る驢馬で、よく馴れていて、子供が乗るとひとりで一周して帰って来るのだといいます。私はその動物を可愛いものに思いました。 ところがそのなかの一匹が途中で立留ったと云います。Oは見ていたのだそうです。するとその立留っ・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 彼は家のぐるりを一周して納屋へ這入って見た。四ツに畳んできっちり重ねてあった蓆がばらばらにされていた。空俵はもと置いてあった所から二三尺横に動いていた。「こりゃ、この下に一度かくして、また取り出したんだな。」彼はこんなところへ気を・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・いっそトラックを一周おくれて、先頭になりましょうか。ひとつ御指導を得て、恋愛の稽古もはじめたい。歴史を勉強しましょうか。哲学とやらは如何。語学は。 告白すると、私は、ショパンの憂鬱な蒼白い顔に芸術の正体を感じていました。もっと、やけくそ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・世界一周の早まわりのレコオド。どうかしら? 死ぬる覚悟で眼をつぶって、どこまでも西へ西へと飛ぶのだ。眼をあけたときには、群集の山さ。地球の寵児さ。たった三日の辛抱だ。どうかしら? やる気はないかな。意気地のない野郎だねえ。ほっほっほ。いや、・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・それをなんだと云うと、この男は世界を一周した。そこで珍らしい人物ばかり来るこの店でさえ、珍らしい人物として扱われるようになったのである。この男がその壮遊をしたのは、富籤に当ったのではない。また研究心に促されて起ったのでもない。この店の給仕頭・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・子供らは N. L. D. の金文字を入れた黒リボン付きの紙帽子をかぶり、手んでに各国の国旗を持ち、楽隊の先導で甲板を一周した後に食卓についた。おとならはむしろうらやましそうに見物していた。……T氏と艙へはいって、カバンを出してもらって、ハ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・その声は堂の四壁を一周して、丸く組み合せたる高い天井に突き当ると思わるる位大きい。戦は固より近づきつつあった。ウィリアムは戦の近づきつつあるを覚悟の前でこの日この夜を過ごしていた。去れど今ルーファスの口から愈七日の後と聞いた時はさすがの覚悟・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫