・・・統制でのこった本はどんなものかということに対する一抹の杞憂が、誰の胸のなかにも在るというのが正直なところではないだろうか。 先頃、朝日新聞の学芸欄に林達夫氏が「日本出版文化協会」の準備部会のような場所で行われた投票の結果について書いてお・・・ 宮本百合子 「日本文化のために」
・・・でも、一抹の楽天的な響が心のどこかにあって、一つの美しく高い歌のメロディーが甦って来る。ドン・キホーテが、彼の大切な騎士物語の本たちを焼かれたとき、ドン・キホーテは何と歌ってサンチョを慰めてやったろう。「サンチョよ、泣くな、私の本は失われて・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・ ――そこには何か一抹の虚偽がうかがわれ、帝政時代とその屈従的精神とを経験した人間らしいところが見られた。一八〇四年以前に他界した英雄どもはまことに仕合わせものだ!p.30 テランス男爵 ――彼も戦場では勇敢そのものであった・・・ 宮本百合子 「「緑の騎士」ノート」
・・・思えば列とは何と一抹の憫然さをも漂わしていることだろう。 列が日常の生活に生じて来る時代の空気は微妙で、列になる前の気分とはおのずと異っているところもいろいろ考えさせる。この春ごろだったか、作家の武田麟太郎氏が、或る短い文章のなかで、何・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・ けれども、今自分の胸に流れて居るような一抹の寂しさは、一度でも嘗て味ったことがあるだろうか。 泰子の良人は、四五日前から短い旅行に出て居た。独りっきりで淋しい彼女は、留守番を実家の書生に頼んで、此方へ寝泊りして居るのである。 ・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・ひやりと一抹の不安を覚えるのはどうしたことだろうか。――梶は自分の心中に起って来たこの二つの真実のどちらに自分の本心があるものか、暫くじっと自分を見るのだった。ここにも排中律の詰めよって来る悩ましさがうすうすともみ起って心を刺して来るのだっ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫