・・・「さあ、もう一眠りだ。キクちゃんも、おやすみ。」 キクちゃんも仰向けに、私と直角に寝て、そうしてまつげの長い大きい眼を、しきりにパチパチさせて眠りそうもない。 私は黙って本箱の上の、蝋燭の焔を見た。焔は生き物のように、伸びたりち・・・ 太宰治 「朝」
・・・ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。メロスほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・「ちょっと一眠りしましょうよ。何時ですか?」と女。「三時、十三、いや、四分です。」「そう? その時計は、こんな、まっくら闇の中でも見えるの?」「見えるんです。蛍光板というんです。ほら、ね、蛍の光のようでしょう?」「ほんと・・・ 太宰治 「母」
・・・ 一眠りしたら、大分元気が恢復した。福島屋の其部屋から、遙に港内が瞰下せた。塗り更えに碇泊して居るらしい大きい二隻の汽船の赤い腹の周囲を、小蒸汽が小波立てて往来する。夕飯前の一散歩に、地図携帯で私共は宿を出た。彼此五時頃であったろう・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ちょっと、一眠りしたらどうだ。」「あたし、さっき、あなたを呼んだの。」と妻はいった。「ああ、あれはお前だったのか。俺はバルコオンで、へんに胸がおかしくなった。」「あなた、あたしの身体をちょっと上へ持ち上げて、何んだか、谷の底ヘ、・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫