・・・南伊豆は七月上旬の事で、私の泊っていた小さい温泉宿は、濁流に呑まれ、もう少しのところで、押し流されるところであった。富士吉田は、八月末の火祭りの日であった。その土地の友人から遊びに来いと言われ、私はいまは暑いからいやだ、もっと涼しくなってか・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・そうして九月上旬にもう一度行ったときに、温泉前の渓流の向こう側の林間軌道を歩いていたらそこの道ばたにこの花がたくさん咲き乱れているのを発見した。 星野滞在中に一日小諸城趾を見物に行った。城の大手門を見込んでちょっとした坂を下って行く・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ 栗林氏へお金を送ったのは、九月下旬か十月上旬でしたろう。受取りを調べると五十二円二十五銭で、私は五十三円送ってお釣りをもらったと覚えています。二月分から九月分までのうつしで全部で六通です。大泉という人の公判調書二通が一番新しい分です。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 今日は四月上旬の穏かな気温と眠い艷のない曇天とがある。机に向っていながら、何のはずみか、私は胸が苦しくなる程、その田舎の懐しさに襲われた。斯うやっていても、耕地の土の匂い裸足で踏む雑草の感触がまざまざと皮膚に甦って来る。――子供の時分・・・ 宮本百合子 「素朴な庭」
・・・ 私が初めて東山の若王子神社の裏に住み込んだのは、九月の上旬であったが、一月あまりたってようやく落ちついて来たころに、右のような色の動きが周囲で始まった。書斎の窓をあけると、驚くような美しい黄葉が目に飛び込んで来る。一歩家の外に出ると、・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫