・・・これに較べると上林は淋しい。宿屋が二三軒あるばかりである。山が裏手に幾重にも迫って、溪の底にも溪がある。点々としている自然、永劫の寂寥をしみ/″\味わうというなら此処に来るもいゝが、陰気と、単調に人をして愁殺するものがある。風雨のために壊さ・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・という上林暁の攻撃を受け、それは無理からぬことであったが、しかし、上林暁の書いている身辺小説がただ定跡を守るばかりで、手のない時に端の歩を突くなげきもなく、まして、近代小説の端の歩を突く新しさもなかったことは、私にとっては不満であった。一刀・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ こうして、蚕を飼ってため、糸をひいてためたへそくりを微妙な道ゆきで吸いとられつつ、人々は渋の温泉や上林の電鉄ホテルにのぼって来て一泊をする。 温泉場を貫いて往復する自動車は、どれも泥よけをつけていない。長野県ではそれでよい規則・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・多分信州の上林へゆきます。大変やすくて、閑静でよさそうなところだから。芝のおじいさんたちのゆくところらしい様子です。机をもって本をもってゆきます。早寝をして、散歩をして、母さん役からはなれて、少しのんきになるつもりで。この手紙を御覧になるの・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫