・・・「手前たちの忠義をお褒め下さるのは難有いが、手前一人の量見では、お恥しい方が先に立ちます。」 こう云って、一座を眺めながら、「何故かと申しますと、赤穂一藩に人も多い中で、御覧の通りここに居りまするものは、皆小身者ばかりでございま・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・観音様は、ほんとうに運を授けて下さるものかね。」「左様でございます。昔は折々、そんな事もあったように聞いて居りますが。」「どんな事があったね。」「どんな事と云って、そう一口には申せませんがな。――しかし、貴方がたは、そんな話をお・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・あなたを慕って下さるなら、私も御恩がある。そういうあなたが御料簡なら、私が身を棄ててあげましょう。一所になってあげましょうから、他の方に心得違をしてはなりません。」と強くいうのが優しくなって、果は涙になるばかり、念被観音力観音の柳の露より身・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ というも曇り声に、「も、貴下、どうして、そんなに、優くいって下さるんですよ。こうした私じゃありませんか。」「貴女でなくッて、お民さん、貴女は大恩人なんだもの。」「ええ? 恩人ですって、私が。」「貴女が、」「まあ! ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・こうしてお家も見えているのに、兄さんは、二人一緒になると決心しろって、今でもそう思ってて下さるのかしら」 おとよは口の底でこういって省作の家を見てるのである。縁談の事もいよいよ事実になって来たらしいので、おとよは俄かに省作に逢いたくなっ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「しかし、この子が役者になる時は、先生から入費は一切出して下さるようになるんでしょう、ね」と、お袋はぬかりなく念を押した。「そりゃア、そうですとも」僕は勢いよく答えたが、実際、その時になっての用意があるわけでもないから、少し引け気味・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ もし、子供に、望みというものがあったら、それはいつもお母さんが、自分の傍にいて下さることだけです。世の中のお母さんは、すべて、この子供の心をよく知らなければならない。これを知ったなら、お母さんは、いつも公正であるであろうし、やさしくあ・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・しかし、もし僕にお礼して下さるのなら、これからあなたの音楽会の切符を送って下さいませんか。僕はそそっかしいので、あなたの音楽会の広告が出ていても、うっかり見逃しそうですから……」「はあ。でも、歌はおきらいなのでしょう?」 微笑してい・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・「お姉さまもきっと喜んで下さるわ。」 南方で日本語を教えるには標準語が話せなくてはならない、しかし自分は三年間東京にいたからその点は大丈夫だと、道子はわざわざ東京の学校へ入れてくれた姉の心づくしが今更のように思い出された。 志願・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・ 気の毒がって下さる段は難有い。然し幸か不幸か、大河という男今以て生ている、しかも頗る達者、この先何十年この世に呼吸の音を続けますことやら。憚りながら未だ三十二で御座る。 まさかこの小ぽけな島、馬島という島、人口百二十三の一人となっ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
出典:青空文庫