・・・が、一週間ばかり前に、下女か何かの過失から、妻の手にはいる可き郵便が、僕の書斎へ来ているじゃないか。僕はすぐ妻の従弟の事を考えた。そうして――とうとうその手紙を開いて見た。すると、その手紙は思いもよらないほかの男から妻へ宛てた艶書だったのだ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・と手を打ちながら、彼自身よりも背の高い、銀杏返しの下女を呼び出して来た。それから、――筋は話すにも足りない、一場の俄が始まった。 舞台の悪ふざけが加わる度に、蓆敷の上の看客からは、何度も笑声が立ち昇った。いや、その後の将校たちも、大部分・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・フランシスの事になるとシッフィ家の人々は父から下女の末に至るまで、いい笑い草にした。クララはそういう雑言を耳にする度に、自分でそんな事を口走ったように顔を赤らめた。 クララが十六歳の夏であった、フランシスが十二人の伴侶と羅馬に行って、イ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 自動車のいる所に来ると、お前たちの中熱病の予後にある一人は、足の立たない為めに下女に背負われて、――一人はよちよちと歩いて、――一番末の子は母上を苦しめ過ぎるだろうという祖父母たちの心遣いから連れて来られなかった――母上を見送りに出て・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・代診を養子に取立ててあったのが、成上りのその肥満女と、家蔵を売って行方知れず、……下男下女、薬局の輩まで。勝手に掴み取りの、梟に枯葉で散り散りばらばら。……薬臭い寂しい邸は、冬の日売家の札が貼られた。寂とした暮方、……空地の水溜を町の用心水・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・が、俺たちの為す処は、退いて見ると、如法これ下女下男の所為だ。天が下に何と烏ともあろうものが、大分権式を落すわけだな。二の烏 獅子、虎、豹、地を走る獣。空を飛ぶ仲間では、鷲、鷹、みさごぐらいなものか、餌食を掴んで容色の可いのは。……熊な・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・竈屋の方では、下女が火を焚き始めた。豆殻をたくのでパチパチパチ盛んに音がする。鶏もいつのまか降りて羽ばたきする。コウコウ牝鶏が鳴く。省作もいよいよ起きねばならんかなと、思ってると、「なんだこら省作……省作……戸をあけられてしまってもまだ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・「下女が居ないからね、此の通り掃除もとどかないよ。実は君が来ることを杉野や渋川にも知らせたかったが、下女がいないからね」岡村は言い分けのように独で物を云いつつ、洋燈を床側に置いて、細君にやらせたらと思う様な事までやる。隣の間から箒を持出・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・おかみさんは下女同様な風をして、広い台どころで働いていた。僕の坐ったうしろの方に、広い間が一つあって、そこに大きな姿見が据えてある。お君さんがその前に立って、しきりに姿を気にしていた。畳一枚ほどに切れている細長い囲炉裡には、この暑いのに、燃・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・内地雑居となった暁は向う三軒両隣が尽く欧米人となって土地を奪われ商工業を壟断せられ、総ての日本人は欧米人の被傭者、借地人、借家人、小作人、下男、下女となって惴々焉憔々乎として哀みを乞うようになると予言したものもあった。又雑婚が盛んになって総・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
出典:青空文庫