・・・…… ――踊が上手い、声もよし、三味線はおもて芸、下方も、笛まで出来る。しかるに芸人の自覚といった事が少しもない。顔だちも目についたが、色っぽく見えない処へ、媚しさなどは気もなかった。その頃、銀座さんと称うる化粧問屋の大尽があって、新に・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・それが下方に行って再び開いて裾の線を作っている。 浮世絵の線が最も複雑に乱れている所、また線の曲折の最もはげしい所は着物の裾である。この一事もやはり春信以前の名匠の絵で最もよく代表されるように思う。この裾の複雑さによって絵のすわりがよく・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・その線路の右端の下方、すなわち紙の右下隅に鶯横町の彎曲した道があって、その片側にいびつな長方形のかいてあるのがすなわち子規庵の所在を示すらしい。紙の右半はそれだけであとは空白であるが、左半の方にはややゴタゴタ入り組んだ街路がかいてある。不折・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・しかし、少し見ているうちに、まず一番に目についたのは、画面の中央の下方にある一枚の長方形の飛び石であった。 この石は、もとどこかの石橋に使ってあったものを父が掘り出して来て、そうして、この位置にすえたものである。それは自分が物ごころつい・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・それから二三日たって気がついて見ると、一つは紙ひもがほどけかかってつぼみの軸は下方の鉛直な茎に対して四五十度ぐらいの角度に開いて斜めに下向いたままで咲いていた。もう一つのは茎の先端がずっと延びてもう一ぺん上向きに生長し、そうしてちゃんと天頂・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・そして、月給日など「裏町の小路をのっそりと歩いたり、なんかガスのように下方をはい流れているうつらうつらとして陰惨な楽しみに酔う自身の姿に気がついて、なるほど世に繁茂する思想の生え上った根もとはここなのかと、はっと瞬間目醒めるように眼前の空間・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・下顎を後下方へ引っ張っているように、口を開いているので、その長い顔が殆ど二倍の長さに引き延ばされている。絶えず涎が垂れるので、畳んだ手拭で腮を拭いている。顔位の狭い面積の処で、一部を強く引っ張れば、全体の形が変って来る。醜くくはない顔の大き・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・北は荒川から南は玉川まで、嘘もない一面の青舞台で、草の楽屋に虫の下方,尾花の招引につれられて寄り来る客は狐か、鹿か、または兎か、野馬ばかり。このようなところにも世の乱れとてぜひもなく、このころ軍があッたと見え、そこここには腐れた、見るも情な・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・特に画の下方のうるさいほどな緑塊重畳においてそうである。 この画もまた川端氏の画と同じく遠のいて見る時に平板に感ぜられる。画面の前二尺か三尺のところに立つ時、初めて画家の努力が残りなく眼にはいって来るのである。これはおそらく絵の具の関係・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫