・・・おまえは、ちょうになって、もう一度下界へ帰って、よく考えてくるがいい。そして、ほんとうにまどわない悟りがついたら、そのとき、あの世へやってやる。」と、仏さまは女に申されました。 また、仏さまは、三人の男に向かって、「女がほんとうに悟・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
・・・時に、重々として、厚さを加え、やがては、奇怪な山嶽のように雄偉な姿を大空に擡げて、下界を俯瞰する。しからざれば陰惨な光景を呈して灰白色となり、暗黒色となり、雷鳴を起し、電光を発し、風を呼び、雨をみなぎらせるのであるが、そのはじめに於て、千変・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・ 三人の子供らは、よく祖母や、母親から、夜ごとに天からろうそくが降ってくるとか、また下界で、この山の神さまに祈りをささげるろうそくの火が、空を泳いで山の嶺に上るとかいうような不思議な話を胸の中に思い出しました。「神さまというものはあ・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・ こうして、下界との一切の交通を絶ってしまった佐助は、冬眠中の蛇を掘り出して卑怯の術ではない。めったなことに卑怯はならぬ。まった忍術とは……」「忍術とは……?」 すかさず訊くと、戸沢図書虎先生は雲の上でそわそわとされているら・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・すると下界は王子たちのいる方に光がさすだけで、兵たいがかけて来る方の半分は、ふいに夜のようにまっくらになってしまいました。 王子たちは、兵たいが暗がりでまごまごしている間に、「さあ、走れ走れ。」と言いながら、ふたたび王女の手をとって・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・牽牛織女のおめでたを、下界で慶祝するお祭りであろうと思っていたのだが、それが後になって、女の子が、お習字やお針が上手になるようにお祈りする夜なので、あの竹のお飾りも、そのお願いのためのお供えであるという事を聞かされて、変な気がした。女の子っ・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・流れて居らず、空気は透きとおって居らず、みんなまざり合って渾沌としていたころ、それでも太陽は毎朝のぼるので、或る朝、ジューノーの侍女の虹の女神アイリスがそれを笑い、太陽どの、太陽どの、毎朝ごくろうね、下界にはあなたを仰ぎ見たてまつる草一本、・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・の大きな写真版をひろげて、そればかりを見つめながら箸を動かしていたのであるが、図の中央に王子のような、すこやかな青春のキリストが全裸の姿で、下界の動乱の亡者たちに何かを投げつけるような、おおらかな身振りをしていて、若い小さい処女のままの清楚・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・すると亀はもうとても追付く望みはないとばかりやけくそになって、呑めや唄えで下界のどん底に止まる。その天井を取払ったのが老子の教えである」というのである。何のことだかちっとも分からない。しかし、この分からない話を聞いたとき、何となく孔子の教え・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・余はすでに倫敦の塵と音を遥かの下界に残して五重の塔の天辺に独坐するような気分がしているのに耳の元で「上りましょう」という催促を受けたから、まだ上があるのかなと不思議に思った。さあ上ろうと同意する。上れば上るほど怪しい心持が起りそうであるから・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
出典:青空文庫