・・・芭蕉の門弟は芭蕉よりも客観的の句を作る者多しといえども、皆客観を写すこと不完全なれば直ちにこれを画とせんにはなお足らざるものあり。 蕪村の句の絵画的なるものは枚挙すべきにあらねど、十余句を挙ぐれば木瓜の陰に顔たくひすむ雉かな・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又畳んでかくしに入れました。そしてきまりが・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ごく不完全です。」「一寸拝見。」 私は仕方なく背嚢からそれを出しました。校長は手にとってしばらく見てから「実にいい標本です。いかがです。一つ学校へご寄附を願えませんでしょうか。」と云うのです。私は仕方なく、「ええ、よろしゅう・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ もう今から二十幾年か昔の女学校などは、近頃育った私共には、考える事も出来ない程、種々不完全な処があったものと見えます。 お家がお金持だと云う事を、何より偉いと思った気の毒な友子さんは、自分の嬉しく思わない事を云った芳子さんをすっか・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・それ故、自分並全人類の持つ痴愚や不完全さが、随分のところまで認容します。真個に大切な光りとなるものが消され、破られない程度までは。従って生活、人格の発育と云うことを、実際的にも抽象的にも、経験によって居ります。私の裡には、或る程度まで何でも・・・ 宮本百合子 「大橋房子様へ」
・・・自然主義の時代からからんで来ているそういう思意的な感情の発育の不完全さは一般の社会生活のありようと密接な歴史をともにしているものであり、そういう環境の中でおのずから我々の思意的な感情も今日にあって猶粗末なものであり、低いものであろうというこ・・・ 宮本百合子 「現実と文学」
・・・表現や描写の不完全な作品をよんでもそのすき間を補ってゆくような国内戦時代の自分達の経験、或る場合には感傷を持ち合せていない。だから若い読者は、容赦ない批評家として立ち現れたのである。新しいひろい社会性の上に立ち、集団生活の中で大きくなって来・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・作者は、表現したく欲するものを何とか表現しようとしてあのように、このように、そして不完全に表現し、読者は何かでそれを捉えようとあれを読みこれを読み、その広い相互関係の端れでは作者その人も、何事かを知りたくて知り得ず不安な読者の一人として自身・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
・・・ コンポジションの上の不完全さはともかくも、あの作にはそれ以前のどれにもなかったに違いない、またよしあったにしろあんなに明かではなかった思想上の、多くの矛盾や、躊躇や、不徹底さのあるのは確かです。なんだかしんがムズムズしているようです。・・・ 宮本百合子 「沁々した愛情と感謝と」
・・・とは信じぬながら不完全にもそれでわずかに妄想をすかしている。 世にいじらしい物はいくらもあるが、愁歎の玉子ほどいじらしい物はない。すでに愁歎と事がきまればいくらか愁歎に区域が出来るが、まだ正真の愁歎が立ち起らぬその前に、今にそれが起るだ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫