・・・こういったようなものが緩急自在な律動で不断に繰り返される。円形の要素としては蓄音機の円盤、工場の煙突や軒に現われるレコードのマーク。工場の入り口にある出勤登録器のダイアル。それから昼顔の花もかすかにこれに反映するものである。直線運動としては・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・亜鉛屋根にパラパラと来る雨の音が聞えなくなりましたからね、随分不断に使った躯ですよ。若い時分にゃ宇都宮まで俥ひいて、日帰りでしたからね。あアお午後ぶらぶらと向を出て八時なら八時に数寄屋橋まで著けろと云や、丁と其時間に入ったんでさ。……ああ、・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ しかし劇場へ行ってみると、もう満員の札が掲って、ぞろぞろ帰る人も見受けられたにかかわらず、約束しておいた桟敷のうしろの、不断は場所のうちへは入らないような少し小高いところが、二三人分あいていた。お絹にきくと、いつもはお客の入らないとこ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ シャロットの女の織るは不断のはたである。草むらの萌草の厚く茂れる底に、釣鐘の花の沈める様を織るときは、花の影のいつ浮くべしとも見えぬほどの濃き色である。うな原のうねりの中に、雪と散る浪の花を浮かすときは、底知れぬ深さを一枚の薄きに畳む・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・……………仲町を左へ曲って雪見橋へ出ると出あいがしらに、三十四、五の、丸髷に結うた、栗に目口鼻つけたような顔の、手頃の熊手を持った、不断著のままに下駄はいた、どこかの上さんが来た。くたびれた様も見えないで、下駄の歯をかつかつと鳴らしながら、・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・風は不断のオルガンを弾じ雲はトマトの如く又馬鈴薯の如くである。路のかたわらなる草花は或は赤く或は白い。金剛石は硬く滑石は軟らかである。牧場は緑に海は青い。その牧場にはうるわしき牛佇立し羊群馳ける。その海には青く装える鰯も泳ぎ大なる鯨も浮ぶ。・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・どうぞして気を鎮めたいものだと思って欲しくもない枝豆をポチポチ食べながら今度の病気の原因を話し合ったりした。不断から食の強い児で年や体のわりに大食した上に時々は見っともない様な内所事をして食べるので私が来る前頃胃拡張になって居た。胃から来た・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・と云って、晴々とした不断の顔を右へ向けた。 山田はその顔を見て、急に思い附いたらしい様子で、小声になって云った。「君はぐんぐん為事を捗らせるが、どうもはたで見ていると、笑談にしているようでならない。」「そんな事はないよ」と、木村・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 近処のものは、折ふし怪しからぬお噂をする事があって、冬の夜、炉の周囲をとりまいては、不断こわがってる殿様が聞咎めでもなさるかのように、つむりを集めて潜々声に、御身分違の奥様をお迎えなさったという話を、殿様のお家柄にあるまじき瑕瑾のよう・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・しかもそれが、その運命に対しては無限の責任と恐ろしさとを感じている自分の子供なのです。不断に涙をもって接吻しつづけても愛したりない自分の子供なのです。極度に敬虔なるべき者に対して私は極度に軽率にふるまいました。羞ずかしいどころではありません・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫