・・・彼がそこに出て行くと、見る見るそこの一座の態度が変わって、いやな不自然さがみなぎってしまった。小作人たちはあわてて立ち上がるなり、草鞋のままの足を炉ばたから抜いて土間に下り立つと、うやうやしく彼に向かって腰を曲げた。「若い且那、今度はま・・・ 有島武郎 「親子」
・・・あのころといわずつい昨今まで僕には自分で自分を鞭つような不自然さがあった。しかし今はもうそんなものだけはなくなった。僕の心は水が低いところに流れて行くような自然さをもって僕のしようとするところを肯んじている。全く僕は蟄虫が春光に遇っておもむ・・・ 有島武郎 「片信」
物が新しくそこに生れるという事は、古い形が破壊されたということを意味するに他ならない。単に破壊というと不自然のように感ずるけれども、創造というと、人々には美わしい事実のように思われる。若しも古いものが其のまゝ形を変えたものであったなら・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
月の中で兎が餅を搗いているというお伽噺も、それが以前であったら、何等不自然な感じを抱かせずに子供達の頭にはいったであろうが、いまの小学校へ行っている者に、月を指して、あの中に兎が棲んでいるといったら、たといそれがお話であろうと、かく空・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・自己をいつわった文章というものは、不自然であり、どこかにぎごちないところがあるために、読むものに、決して面白味を感じさせるものでありません。書く人が自由であり、書きあらわす、そのことに、悦びを持たないかぎり、文章は、味と輝きとを持つものでな・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・顔の造作も貧弱だったが、唇だけが不自然に大きかった。これは女も同じだった。女の唇はおまけに著しく歪んでいた。それに、女の斜眼は面と向ってみると、相当ひどく、相手の眼を見ながら、物を言う癖のある私は、間誤つかざるを得なかった。 暫らく取り・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・仲居さんは、あの人が財布の中のお金を取り出すのに、不自然なほど手間が掛るので、諦めてぺたりと坐りこんで、煙草すら吸いかねまい恰好で、だらしなく火鉢に手を掛け、じろじろ私の方を見るのだった。何という不作法な仲居さんだろうか、と私はぷいと横をむ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・それはなにか均衡のとれない不自然な連鎖であった。そんなことは起りはしなかったと否定するものがあれば自分も信じてしまいそうな気がした。 自分、自分の意識というもの、そして世界というものが、焦点を外れて泳ぎ出して行くような気持に自分は捕らえ・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・ことに子どもの幼いときに、故意に、不自然に教育的なのはよくない。食卓でいちいち合掌させて食事をさせるというようなのは私は好まない。「おいたはおよし」と母親が叱っても、茶碗を引っくり返すくらいなところもないと母のなつかしみはつくまい。人間とし・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・すると敷布団が不自然に持ち上っているのを見た。「こんなところに置いちゃいかん! すぐばれてしまうじゃないか。これをかくしておくことが肝腎なんじゃ。」 彼は部屋の中を見まわした。どこへかくしたものかな。――壁の外側に取りつけた戸袋に、・・・ 黒島伝治 「窃む女」
出典:青空文庫