・・・ 田口は、メリケン兵を悪く云うのには賛成しないらしく、鼻から眉の間に皺をよせ、不自然な苦い笑いをした。栗本は、将校に落度があったのか、きこうとした。が、丁度、橇からおりた者が、彼のうしろから大儀そうにぞろ/\押しよせて来た。彼は、それを・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 愛国主義は、それ自身決して不自然な感情でもないし、浅薄なものでもない。それは、「幾世紀も幾千年にも亘る祖国の存在によって固められた最も深い感情の一つである。」だが、それだけに階級の対立する社会では、最も多く支配階級に利用され得る感情で・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・彼らは、たいてい栄養の不足や、過度の労働や、汚穢なる住居や、有毒なる空気や、激甚なる寒暑や、さては精神過多等の不自然な原因から誘致した病気のために、その天寿の半ばにも達せずして、紛々として死に失せるのである。ひとり病気のみでない。彼らは、餓・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・くして死ぬのは極めて尠いのである、況んや多数の権力なき人、富なき人、弱き人、愚かなる人をやである、彼等は大抵栄養の不足や、過度の労働や、汚穢なる住居や、有毒なる空気や、激甚なる寒暑や、扨は精神過多等の不自然なる原因から誘致した病気の為めに、・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 今までのとうさんの生活が変則で、多少不自然であることは自分でも知っていましたが、おまえたち兄妹を養育するためには、これもやむをえないことでした。長い年月の間のとうさんの苦心は、おまえも思い見てくれることでしょう。だんだんおまえたちも大・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・ああ、おめでとう、と私も不自然でなくお祝いの言葉を返す事が出来ました。佐吉さんは、超然として、べつにお祭の晴着を着るわけでなし、ふだん着のままで、店の用事をして居ましたが、やがて、来る若者、来る若者、すべて派手な大浪模様のお揃いの浴衣を着て・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ところが女は、かえってその不自然な女装の姿に憧れて、その毛臑の女性の真似をしている。滑稽の極である。もともと女であるのに、その姿態と声を捨て、わざわざ男の粗暴の動作を学び、その太い音声、文章を「勉強」いたし、さてそれから、男の「女音」の真似・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・だんだん先生とお呼びしても、自分の気持に不自然を感じなくなりました。もう私の気持が、浪の引くように、あなたから遠くはなれてしまっているのかも知れません。旅行から帰って、少しずつ仕事をすすめているうちに、私はあなたに対して二十年間持ちつづけて・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・人間がやっていると思うと、どうしても感じる矛盾や不自然さが、人形だと、そう感じられない。あれで、もし背景などをもう少しくふうしてあれほど写実的にしなかったら、いっそう良い効果を得られはしなかったかと思われたのであった。 こういう新しいも・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・それでいわゆる立体映画ができると、われわれの二つの目の間隔が急に突拍子もなくひろがったと同様な不自然な異常な効果を生ずることになり、従って映像の真実性が著しく歪曲することになるのではないかと想像される。 ともかくも、現在の映画のスクリー・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫