・・・班女といい、業平という、武蔵野の昔は知らず、遠くは多くの江戸浄瑠璃作者、近くは河竹黙阿弥翁が、浅草寺の鐘の音とともに、その殺し場のシュチンムングを、最も力強く表わすために、しばしば、その世話物の中に用いたものは、実にこの大川のさびしい水の響・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・ 音の効果的な適用は、市井文学、いわば世話物に多い様である。もともと下品なことにちがいない。それ故にこそ、いっそう、恥かしくかなしいものなのであろう。聖書や源氏物語には音はない。全くのサイレントである。・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・岡鬼太郎君は近松の真価は世話物ではなくして時代物であると言われたが、わたくしは岡君の言う所に心服している。 西鶴の価を思切って低くして考えれば、谷崎君がわたくしを以て西鶴の亜流となした事もさして過賞とするにも及ばないであろう。 江戸・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・ちょうど世話物の三幕目でいざと云う場になる前に、色男の役をする俳優が身繕いをすると云う体裁である。 はてな。誰も客間には這入って来ない。廊下から外へ出る口の戸をしずかに開けて、またしずかに締めたらしい。中庭を通り抜ける人影がある。それが・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・それは昔どこやらで旧俳優のした世話物を見た中に、色若衆のような役をしている役者が、「どれ、書見をいたそうか」と云って、見台を引き寄せた事であった。なんでもそこへなまめいた娘が薄茶か何か持って出ることになっていた。その若衆のしらじらしい、どう・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫