・・・綾や絹は愚な事、珠玉とか砂金とか云う金目の物が、皮匣に幾つともなく、並べてあると云うじゃございませぬか。これにはああ云う気丈な娘でも、思わず肚胸をついたそうでございます。「物にもよりますが、こんな財物を持っているからは、もう疑はございま・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・時しも、鬱金木綿が薄よごれて、しなびた包、おちへ来て一霜くらった、大角豆のようなのを嬉しそうに開けて、一粒々々、根附だ、玉だ、緒〆だと、むかしから伝われば、道楽でためた秘蔵の小まものを並べて楽しむ処へ――それ、しも手から、しゃっぽで、袴で、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・いて、えへらえへらと嘲笑う…… その笑が、日南に居て、蜘蛛の巣の影になるから、鳥が嘴を開けたか、猫が欠伸をしたように、人間離れをして、笑の意味をなさないで、ぱくりとなる…… というもので、筵を並べて、笠を被って坐った、山茱萸、山葡萄・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ここらは甲斐絹裏を正札附、ずらりと並べて、正面左右の棚には袖裏の細り赤く見えるのから、浅葱の附紐の着いたのまで、ぎっしりと積上げて、小さな円髷に結った、顔の四角な、肩の肥った、きかぬ気らしい上さんの、黒天鵝絨の襟巻したのが、同じ色の腕までの・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・下は物置で、土間からすぐ梯子段が付いている、八畳一間ぎり、食事は運んで上げましょというのを、それには及ばないと、母屋に食べに行く、大概はみんなと一同に膳を並べて食うので、何を食べささりょうと頓着しない。 梅ちゃんは十歳の年から世話になっ・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・とお徳は井戸から台所口へ続く軒下に並べてある炭俵の一を指して、「幾干入てるものかね。ほんとに一片何銭に当くだろう。まるでお銭を涼炉で燃しているようなものサ。土竈だって堅炭だって悉な去年の倍と言っても可い位だからね」とお徳は嘆息まじりに「真実・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ まずこれを今の武蔵野の秋の発端として、自分は冬の終わるころまでの日記を左に並べて、変化の大略と光景の要素とを示しておかんと思う。九月十九日――「朝、空曇り風死す、冷霧寒露、虫声しげし、天地の心なお目さめぬがごとし」同二十一日―・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・気の置けないものばかり――娘のお新に、婆やに、九つになる小さな甥まで入れると、都合四人も同じ蚊帳の内に枕を並べて寝たこともめずらしかった。 八月のことで、短か夜を寝惜むようなお新はまだよく眠っていた。おげんはそこに眠っている人形の側でも・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・線を避けるような、おどおどしたお態度で、私はただそれを、不自由なひとり暮しのために、おやつれになった、とだけ感じて、いたいたしく思ったものだが、或 どうせお帰りにならない夫の蒲団を、マサ子の蒲団と並べて敷いて、それから蚊帳を吊りながら、・・・ 太宰治 「おさん」
・・・轡を並べて遠乗をして、美しい谷間から、遥にアルピイの青い山を望んだこともある。 町に育って芝居者になったドリスがためには、何もかも目新しい。その知らない事を言って聞せるのが、またポルジイがためには面白い。ドリスが珍らしがるのは無理もない・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫