・・・俳優の生活は旧套の中から既に舞台芸術家として、新しい生活方法に入っている前進座のような実例がありますが、音楽家には、ここで俳優と並べて云うことさえ無礼であると感じられるような、遅れた自尊心、個人的な見解が強くのこっているのではないでしょうか・・・ 宮本百合子 「期待と切望」
・・・よく世間で、なかなかやるが結局お嬢さん芸でね、奥さん芸でね、という批評を、殿様芸に並べていうのは、ここのところの機微にふれていると思います。 では、お嬢さん芸でない技術、奥さん芸でない技術をそれぞれの仕事において女がつけて行くことが、今・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・を機会に注射をやめようと思ったので、目白の先生に細かく相談しましたところ、それでよいだろうし、薬も整理してメタボリンとレバーと、眼の為のヨード剤位にして、レバーにはAもCも入っているから、幾種類もただ並べて惰力のように薬をのまない方がよいと・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その枠の下の本棚は私の御秘蔵本棚とも云うべきもので、いろいろ愛する本を並べて居ります。 この家へ越したのが十一月二十日です。引越し通知のハガキはもう御覧になって居るでしょう? あれも壺井さん夫婦が世話をやいてくれたのです。お正月のハガキ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・作家も読者も肩を並べてぶつかりあいながら現実に追いまくられているとも思える。方向のなさ、意欲のはっきりしなさ、昨今はみな御同然お互様と云わば近所づきあいの朝夕の挨拶のようなところがあるように思える。 読者の生活が生きている現実の一部・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・ 並べて見ているだけでよろこばしい亢奮を覚えるというような工合で、国民文庫刊行会で出版した泰西名著文庫をよみ、同じ第二回の分でジャン・クリストフなども読んだ。手のひらと眼玉がそれらの本に吸いつくという感じで、全心を傾倒した。 五十銭・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・ポーチに、棕梠の植木鉢が並べてある。傍に、拡げたままの新聞を片手に、瘠せ、ひどく平たい顱頂に毛髪を礼儀正しく梳きつけた背広の男が佇んでいる。彼は、自分の玄関に止った二台の車を、あわてさわがず眺めていたが、荷物が下り、つづいて私が足を下すと、・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・唐突に持って来て、ギリシャ神話中の名と並べてつかわれている自然科学上の様々な用語が読者に与える寧ろ子供らしい落付かなさ。我々は希望するしないに拘わらず、生粋の放蕩者ユロ男爵を遂に社会のどん底につき落したパリの美人局、従妹ベットの共犯者マルヌ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 建築の出来上がった時、高塀と同じ黒塗にした門を見ると、なるほど深淵と云う、俗な隷書で書いた陶器の札が、電話番号の札と並べて掛けてある。いかにも立派な邸ではあるが、なんとなく様式離れのした、趣味の無い、そして陰気な構造のように感ぜられる・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫