・・・ これらの作品はすべて、私自身にとっても思い出の深い作品ばかりであり、いまその目次を一つ一つ書き写していたら、世にめずらしい宝石を一つ一つ置き並べるような気持がした。 朽助は、乳母車を押しながら、しばしば立ちどまって帯をしめなおす癖・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・青木さんも、目もと涼しく、肌が白くやわらかで、愚かしいところの無いかなりの美人ではあったが、キヌ子と並べると、まるで銀の靴と兵隊靴くらいの差があるように思われた。 二人の美人は、無言で挨拶を交した。青木さんは、既に卑屈な泣きべそみたいな・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・、さて、それに就いてまたもあれこれ考えてみたら、どうもそれは、自作に対する思わせぶりな宣伝のようなものになりはしないか、これは誰しも私と同意見に違いないが、いったいあの自作に対してごたごたと手前味噌を並べるのは、ろくでもない自分の容貌をへん・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ 先ず従来の例にならって母音をイエアオウの順に並べる。そしてイからウに至る間に唇は順に前方に突き出て行くものとする。また唇の開きはイからアまで増し、アからウへ向ってまた減ずると仮定する。 今唇の前後の方向の位置をXで表わし、唇の開き・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・砂を敷いた平庭に数個の石を並べるだけでもその空間的モンタージュのリズムによって、そこに石の言葉でつづられた、しかも石によってのみつづられうる偉大なる詩が生じるのである。また一枚の浮世絵からでもわれわれはいろいろなモンタージュの手法を発見する・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・無闇に読みもしない書物を並べ立て、用もない孫引きの文献を並べるような事も好まなかった。 末広君の独創を尊重する精神は、同君の日本及び日本人を愛する憂国の精神と結び付いて、それが同君の我国の学界に対する批判の基準となっていたように見える。・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・必然の結果として食物を食卓に並べるとき露出された腕がわれわれの面前にさし出される。日本で女の子の腕を研究するのにこれほど適当な機会はまたとないであろうと思われる。 美しい腕をもった子は存外少ないようである。応募者の試験委員たちの採点表中・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・を取り出して、それについて何か書き並べるという事がそれほど不都合な事でもないと思った。 去年文展が帝展に変った時には大分色々の批評があった。ある人は面目を一新したと云って多大の希望をかけたようであり、またある人は別段の変りもないと云って・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・日本人でゲーテやシェークスピアの研究もおもしろいが、しかし、ドイツ人がゲーテを研究したように、芭蕉その他の哲人を研究しなければ、日本人はやはりドイツ人と肩を並べる資格をもたないであろう。・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・○○氏なり、悄然たる余を従えて自転車屋へと飛び込みたる彼はまず女乗の手頃なる奴を撰んでこれがよかろうと云う、その理由いかにと尋ぬるに初学入門の捷径はこれに限るよと降参人と見てとっていやに軽蔑した文句を並べる、不肖なりといえども軽少ながら鼻下・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
出典:青空文庫