・・・ と無雑作な中腰で、廊下に、斜に向合った。「吉原の小浜屋が、焼出されたあと、仲之町をよして、浜町で鳥料理をはじめました。それさ、お前さん、鶏卵と、玉子と同類の頃なんだよ。京千代さんの、鴾さんと、一座で、お前さんおいでなすった……」・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・と、平吉は坐りも遣らず、中腰でそわそわ。「お忙しいかね。」と織次は構わず、更紗の座蒲団を引寄せた。「ははは、勝手に道楽で忙しいんでしてな、つい暇でもございまするしね、怠け仕事に板前で庖丁の腕前を見せていた所でしてねえ。ええ、織さん、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・地に踞りたる画工、この時、中腰に身を起して、半身を左右に振って踊る真似す。続いて、初の黒きものと同じ姿したる三個、人の形の烏。樹蔭より顕れ、同じく小児等の間に交って、画工の周囲を繞る。小児等は絶えず唄う。いずれもその怪き物の姿を・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ と中腰に立って、煙管を突込む、雁首が、ぼっと大きく映ったが、吸取るように、ばったりと紙になる。「消した、お前さん。」 内証で舌打。 霜夜に芬と香が立って、薄い煙が濛と立つ。「車夫。」「何ですえ。」「……宿に、桔・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・とも相談をいたしまして、昨日にも塞ごうと思いました、部屋(と溜の炉にまた噛りつきますような次第にござります。」と中腰になって、鉄火箸で炭を開けて、五徳を摺って引傾がった銅の大薬鑵の肌を、毛深い手の甲でむずと撫でる。「一杯沸ったのを注しま・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・そしてみるみる蒼くなった。中腰のままだった。仲居さんは、あの人が財布の中のお金を取り出すのに、不自然なほど手間が掛るので、諦めてぺたりと坐りこんで、煙草すら吸いかねまい恰好で、だらしなく火鉢に手を掛け、じろじろ私の方を見るのだった。何という・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・火鉢の前に中腰になり、酒で染まった顔をその中に突っ込むようにしょんぼり坐っているその容子が、いかにも元気がないと、一目でわかった。蝶子はほっとした。――父親は柳吉の姿を見るなり、寝床の中で、何しに来たと呶鳴りつけたそうである。妻は籍を抜いて・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・田舎は秋晴拭うが如く、校長細川繁の庭では姉様冠の花嫁中腰になって張物をしている。 さて富岡先生は十一月の末終にこの世を辞して何国は名物男一人を失なった。東京の大新聞二三種に黒枠二十行ばかりの大きな広告が出て門人高山文輔、親戚細川繁、友人・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・やがて次郎は何か思いついたように、やや中腰の姿勢をして、車のゆききや人通りの激しい外の町からこの私をおおい隠すようにした。 私たちはある町を通り過ぎようとした。祭礼かと見まごうばかりにぎやかに飾り立てたある書店の前の広告塔が目につく。私・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・、ただ、おれが、おれが、で明け暮れして、そうして一番になりたいだけで、どだい、目的のためには手段を問わないのは、彼ら腕力家の特徴ではあるが、カンシャクみたいなものを起して、おしっこの出たいのを我慢し、中腰になって、彼は、くしゃくしゃと原稿を・・・ 太宰治 「如是我聞」
出典:青空文庫