・・・同時に平生尊重する痩せ我慢も何も忘れたように、今も片手を突こんでいたズボンの中味を吹聴した。「実は東京へ行きたいんですが六十何銭しかない始末なんです。」 ――――――――――――――――――――――――― 保・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ かの女は無努力、無神経の、ただ形ばかりのデカダンだ、僕らの考えとは違って、実力がない、中味がない、本体がない。こう思うと、これもまた厭になって、僕は半ばからだを起した。そうすると、吉弥もまた僕の心眼を往来しなくなった。 暑くッてた・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・どうせ、中身はたいして変らぬのだが、特製といえば、なにか治りがはやいように思って、べらぼうに高価いのに、いや、高価いだけに、一層売れた。知らぬ間に、お前は巨万の金をこしらえていたのだ。 七 おれの目的、同時にお前・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・箱は光だったが、中身は手製の代用煙草だった。それには驚かなかったが、バラックの中で白米のカレーライスを売っているのには驚いた。日本へ帰れば白米なぞ食べられぬと諦めていたし、日本人はみな藷ばかり食べていると聴いて帰ったのに、バラックで白米の飯・・・ 織田作之助 「世相」
・・・新規開店に先立ち、法善寺境内の正弁丹吾亭や道頓堀のたこ梅をはじめ、行き当りばったりに関東煮屋の暖簾をくぐって、味加減や銚子の中身の工合、商売のやり口などを調べた。関東煮屋をやると聴いて種吉は、「海老でも烏賊でも天婦羅ならわいに任しとくなはれ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・今度はマッチを出したが箱が半ばこわれて中身はわずかに五六本しかない。あいにくに二本すりそこなって三本目でやっと火がついた。 スパリスパリといかにもうまそうである。青い煙、白い煙、目の先に透明に光って、渦を巻いて消えゆく。「オヤ、あれ・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・フンドシや、手拭いや、石鹸ばかりしか這入っていないと分っていても、やはり彼等は、新しく、その中味に興味をそゝられた。何が入れてあるだろう? その期待が彼等を喜ばした。それはクジ引のように新しい期待心をそゝるのだった。 勿論、彼等は、もう・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・あなたは、いつでも知らん顔をして居りますし、私だって、すぐその角封筒の中味を調べるような卑しい事は致しませんでした。無ければ無いで、やって行こうと思っていたのですもの。いくらいただいた等、あなたに報告した事も、ありません。あなたを汚したくな・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・そうしてその燃えがらをつまみ上げ、子細らしい手つきで巻き紙を引きやぶって中味の煙草を引き出したと思うといきなりそれを口中へ運んだ。まさかと思ったがやはりその煙草を味わっているのである。別にうまそうでもないが、しかしまたあわてて吐き出すのでも・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・食糧箱の表面は一面に柔らかい凝霜でおおわれていて、見ただけではどれがなんだかわからないが、糧食係の男は造作もなく目的の箱を見いだして、表面の凝霜をかきのけてからふたを開き中味を取り出す。この廊下一面の凝霜の少なくも一部分は、隊員四十余名の口・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫