・・・僕はやはり西川といっしょに中里介山氏の「大菩薩峠」に近い丹波山という寒村に泊まり、一等三十五銭という宿賃を払ったのを覚えている。しかしその宿は清潔でもあり、食事も玉子焼などを添えてあった。 たぶんまだ残雪の深い赤城山へ登った時であろう。・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・もし小説に仮托するなら矢野龍渓や東海散士の向うを張って中里介山と人気を争うぐらいは何でもなかったろう。二葉亭の頭と技術とを以て思う存分に筆を揮ったなら日本のデュマやユーゴーとなるのは決して困難でなかったろう。が、芸術となると二葉亭はこの国士・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・小説家では、里見とん氏。中里介山氏。ともに教訓的なる点に於いて、純日本作家と呼ぶべきである。 日本文学は、たいへん実用的である。文章報国。雨乞いの歌がある。ユウモレスクなるものと遠い。国体のせいである。日本刀をきたえる気持ちで文を草・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・私の家は、滝野川の中里町にあります。父は東京の人ですが、母は伊勢の生れであります。父は、私立大学の英語の教師をしています。私には、兄も姉もありません。からだの弱い弟がひとりあるきりです。弟は、ことし市立の中学へはいりました。私は、私の家庭を・・・ 太宰治 「千代女」
・・・ 中里恒子氏の「マリアンヌ」その他の小説をよんだ人は、ファシズムの日本で国際結婚をして日本に来ていた外国の男女の人々、その混血児たちの生活がどんなに苦しく、非人間的であったかを十分想像するだろう。上品に語られずにいる苦しさを思いやると肌・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・にて中里恒子に著しい。中里恒子は、彼女の特殊な生活環境によって、日本の上流家庭の妻となり、母となっている外国婦人の生活をしばしば題材として来ている。戦争中これらの外国婦人たちが日本で経験したことは、彼女たちの多くを日本人嫌悪におとし入れた。・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
出典:青空文庫