・・・という眼におそれを成して、可能性の文学という大問題について、処女の如く書き出していると、雲をつくような大男の酔漢がこの部屋に乱入して、実はいま闇の女に追われて進退谷まっているんだ、あの女はばかなやつだよ、おれをつかまえて離さないんだ、清姫み・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・庭へは時々近辺の子供が鬼ごっこをしながら乱入して来ては飯焚の婆さんに叱られている。多く小さい男の子であるが、中にいつも十五、六の、赤ん坊を背負った女の子が交じっている。そしてその大きい目から何からよく死んだ妹に似ているので、あれは何処の娘か・・・ 寺田寅彦 「雪ちゃん」
・・・後になって当夜の事をきいて見ると、春浪さんは僕等三人が芸者をつれて茶亭に引上げたものと思い、それと推測した茶屋に乱入して戸障子を蹴破り女中に手傷を負わせ、遂に三十間堀の警察署に拘引せられたという事であった。これを聞いて、僕は春浪さんとは断乎・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ 新聞を見せて呉れというと、わざと軍人テロリスト団が首相官邸へ乱入したところ、狙撃したところの書いてある部分だけを一枚よこした。そして、頻りに、「これは私の老婆心からだが、あなたなんぞもここで大いに将来を考える時だね、この様子じゃ、・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 八日、基ちゃんと、青山にかえる途中、乃木坂行電車の近くで、大森の基ちゃんの友人に会い、実際鮮人が、短銃抜刀で、私人の家に乱入した事実を、自分の経験上はなされた。 つかまった鮮人のケンギの者にイロハニを云わせて見るのだそうだ。そして・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・やっと婚礼の轎が門に入ったばかりの時、大部隊の兵が部落に乱入して来て、逃げ出した新夫婦は、二日目の夜馬賊に襲撃されて又逃げるとき、遂にちりぢりとなった。その時より四五年経った。彼女の几帳面さと清潔とを見出されて、或る西洋人の阿媽となったが、・・・ 宮本百合子 「春桃」
出典:青空文庫