・・・緑色に生々と、が、なかには菁々たる雑草が、乱雑に生えています。どっから刈りこんでいいか、ぼくは無茶苦茶に足の向いた所から分け入り、歩けた所だけ歩いて、報告する――てやがんだい。ぼくは薄野呂です。そんなんじゃあない。然し、ぼくは野蛮でたくまし・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ ノックする。「だれ?」 中から、れいの鴉声。 ドアをあけて、田島はおどろき、立ちすくむ。 乱雑。悪臭。 ああ、荒涼。四畳半。その畳の表は真黒く光り、波の如く高低があり、縁なんてその痕跡をさえとどめていない。部屋一ぱ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・正面の黒板には、次のような文字が乱雑に、秩序無く書き散らされ、ぐいと消したところなどもあるが、だいたい読める。授業中に教師野中が書いて、そのままになっているという気持。その文字とは、「四等国。北海道、本州、四国、九州。四島国・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・こういう珍しい千代紙式に多様な模様を染め付けられた国の首都としての東京市街であってみれば、おもちゃ箱やごみ箱を引っくり返したような乱雑さ、ないしはつづれの錦の美しさが至るところに見いだされてもそれは別に不思議なことでもなければ、慨嘆するにも・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・ 太古の時代より天気予報の試みは行われたれども、分析的科学の発達せざりし時代には、天気を限定すと考えられし条件、あるいは独立変数が極めて乱雑なる非科学的のものなりしなり。尤も雲の形状運動や、風向、気温のごとき今日のいわゆる気象要素と名づ・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・芝生とそれより二寸ぐらい低い地面との境界線の所は芝のはえ方も乱雑になっているし、葉の間に土くれなどが交じっているために刈りにくくめんどうである。その上に刈り取った葉がかぶさったりするとなおさら厄介であった。それでまずこの境界線のはえぎわを整・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・おおかた葉をふるうた桜の根には取りくずした木材が乱雑に積み上げられて、壁土が白く散らばった上には落葉が乱れている。模造日本橋は跡方もなくなって両側の土堤も半ば崩れたのを子供等が駆け上り駆け下りて遊んでいる。観覧車も今は闃として鉄骨のペンキも・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・放逸乱雑を引きしめるために月花の座や季題のテーマが繰り返される。そうして懐紙のページによって序破急の構成がおのずから定まり、一巻が渾然とした一楽曲を形成するのである。 発句は百韻五十韻歌仙の圧縮されたものであり、発句の展開されたものが三・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・察官をしては坐に嫌疑の眼を鋭くさせるような国貞振りの年増盛りが、まめまめしく台所に働いている姿は勝手口の破れた水障子、引窓の綱、七輪、水瓶、竈、その傍の煤けた柱に貼った荒神様のお札なぞ、一体に汚らしく乱雑に見える周囲の道具立と相俟って、草双・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・特徴のないしかも乱雑な人家つづきの街が突然尽きて、あたりが真暗になったかと思うと、自分は直様窓の外に縦横に入り乱れて立っている太い樹木を見た。蒼白いガスの灯と澄み渡った夜の空との光の中に、樹木の幹は如何に勢よく、屈曲自在なる太い線の美を誇っ・・・ 永井荷風 「霊廟」
出典:青空文庫