・・・荘園の争奪と、地頭の横暴とが最も顕著な時代相の徴候であった。 日蓮の父祖がすでに義しくして北条氏の奸譎のために貶せられて零落したものであった。資性正大にして健剛な日蓮の濁りなき年少の心には、この事実は深き疑団とならずにはいなかったろう。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・しかし、それから十年も経ないうちに、又、今度は××を中心にして資本の属領争奪戦が次第に鋭くなってきた。これは、新しい世界の分割に到る性質を持っている。而して、それは、戦争を引きおこさなければやまない。ブルジョア政府は、ひたすら、戦争の準備に・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・にぎりめし一つを奪い合いしなければ生きてゆけないようになったら、おれはもう、生きるのをやめるよ。にぎりめし争奪戦参加の権利は放棄するつもりだからね。気の毒だが、お前もその時には子供と一緒に死ぬる覚悟をきめるんだね。それがもう、いまでは、おれ・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・幼い二人の姉妹の間にはしばしば猫の争奪が起こった。「少しわたしに抱かせてもいいじゃないの」とか「ちっともわたしに抱かせないんだもの」とか言い争っているのが時々離れた私の室まで聞こえて来た。おしまいにはどちらかが泣きだすのである。私は子供らが・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・を裏づけようとでもしたら、政府は、目下試みているような憲法草案を仮名まじり文にしただけの押しつけや、労働法の骨抜き作業などをつづけることは全く不可能であり、東京だけで五万人の失業者の群をつっ切って政権争奪の自動車を駆らせていることは出来ない・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・世界市場の争奪のため、危機にあった欧州の空気はその硝煙の匂いと一緒に、急速に動揺しはじめた。キュリー夫人は土用真盛りの、がらんとしたアパートの部屋でブルターニュの娘たちへ手紙を書いた。「愛するイレーヌ。愛するエーヴ。事態がますます悪化し・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・『くにのあゆみ』が、従来のように東洋における覇権の争奪者としての日本を描き出す態度をすてて、平静に、われらが生国日本における民族生活の推移と、諸外国との関係を扱っているのは当然である。新制『くにのあゆみ』は、その点に特別の配慮がされてい・・・ 宮本百合子 「『くにのあゆみ』について」
・・・自然があるものを蔵していても、人間がその必要を認めて、それを掘り出したり、精製したりする生産のための活動を開始しなければ、それは全くないも同じだということは、今日国と国とが激烈な争奪戦を行っている石油と石炭についても分る。 さらに文化の・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・世界文学にあらわれた第一の女はそのような争奪物としての位置であり「イリアード」が字にかかれる時代には、ギリシアにも、もう家長制度というものが出来上っていたことを示している。ギリシアは自由な国であるとされ、ギリシアの文化はヨーロッパ文明の泉と・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・五年、ロシアでは有名な十二月党の反乱が悲劇的終結をとげた年、愈々この出版事業にとりかかった二十六歳のバルザックは、自分から活字屋になり、印刷屋になり、本屋にまでなって悪戦苦闘したのであったが、この金銭争奪で未熟な事業家バルザックがその一身に・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫