・・・ その時姉が、並んで来たのを、衝と前へ出ると、ぴったりと妹をうしろに囲うと、筒袖だが、袖を開いて、小腕で庇って、いたいけな掌をパッと開いて、鏃の如く五指を反らした。 しかして、踏留まって、睨むかと目をみはった。「ごめんよ。」・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ 今は小説を書くために、小説を書いている人間はいくらでもいるが、本当に、ペンをとってブルジョアを叩きつぶす意気を持ってかゝっている者は、五指を屈するにも足りない。僕は、トルストイや、ゴーゴリや、モリエールをよんで常に感じるのは、彼等は小・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・がそれでもって狂喜し狂奔し狂苦している。さらにまた新しい「神の子」が五指を屈するほどに出現している。それは少なくとも現実である。そうして眼を開いて見るものには、人間の自然である。 これはドストイェフスキイの真実の内のただ一つに過ぎない。・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫