・・・本の家屋が木造を主として発達した第一の理由はもちろん至るところに繁茂した良材の得やすいためであろう、そうして頻繁な地震や台風の襲来に耐えるために平家造りか、せいぜい二階建てが限度となったものであろう。五重の塔のごときは特例であるが、あれの建・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・今から丁度十年ほど前、自分は木曜会の葵山渚山湖山なぞいう文学者と共に、やはり桜の花のさく或日の午後、あの五重の塔の下あたりの掛茶屋に休んだ。しかしその時には自分を始め誰一人霊廟を訪おうというものはなく、桜餅に渋茶を啜りながらの会話は如何にす・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・余はすでに倫敦の塵と音を遥かの下界に残して五重の塔の天辺に独坐するような気分がしているのに耳の元で「上りましょう」という催促を受けたから、まだ上があるのかなと不思議に思った。さあ上ろうと同意する。上れば上るほど怪しい心持が起りそうであるから・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・松の梢を越して国分寺の五重の塔が、日の光、月の光に見渡された。 人数に比べて部屋の数が多過ぎるので、寄宿舎は階上を自習室にあて、階下を寝室にあててあった。どちらも二十畳ほど敷ける木造西洋風に造ってあって、二人では、少々淋しすぎた。が、深・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
出典:青空文庫