・・・何となく人工的な感じのする点がこの池を有名にしているかと思われた。しかし、紅葉の季節に見直すといいかもしれない。同じ道を引返して帝国ホテルで昼飯を食ってから、今度は田代池というのを見に行った。赤あかさびの浮いた水には妙に無気味な感覚があって・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ 人工映画 実在の人間や動物や家屋や景色や、あるいは実在なものの代用をするセットの類をショットの標的とする普通の映画のほかに、全くこれら実在のものを使わずそのかわりに黒い紙を切り抜いたシルエットの人形と背景を使った「・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そうして、過去にあったあらゆる具体的の場合を験査し、またいろいろな場合を人工的に作るために「実験」を行なった。それらの経験と実験の、すべての結果を整理し排列して最後にそれらから帰納して方則の入り口に達した。 文学は、そういう意味での「実・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 火事は人工的災害であって地震や雷のような天然現象ではないという簡単明瞭な事実すら、はっきり認識されていない。火事の災害の起こる確率は、失火の確率と、それが一定時間内に発見され通報される確率によって決定されるということも明白に認められて・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・そういう人工的な音を響かせてそうしてそれを聞いてみて、それがもし本来の言葉とほぼ同じように「聞こえ」たとしたなら、その時にはじめて上記の考えがだいたいに正しいということになるであろう。 これはあまりにも勝手な空想であるが、こうした実験も・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・それで医術がもっともっと進歩すると、精神のけがでもこれら天然の妙機を人工的に幇助することによって楽に治療できるようになるかもしれない。 自分が今ここでこんな空想を起こしているのも、事によると子供のけがでびっくりして少し頭が変になったせい・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・わたくしは桜花の種類の多きが中に就いて其の樹姿の人工的に美麗なるを以て、垂糸桜を推して第一とする。 谷中天王寺は明治七年以後東京市の墓地となった事は説くに及ぶまい。墓地本道の左右に繁茂していた古松老杉も今は大方枯死し、桜樹も亦古人の詩賦・・・ 永井荷風 「上野」
・・・註釈が入る、この字は吾ら両人の間にはいまだ普通の意味に用られていない、わがいわゆる乗るは彼らのいわゆる乗るにあらざるなり、鞍に尻をおろさざるなり、ペダルに足をかけざるなり、ただ力学の原理に依頼して毫も人工を弄せざるの意なり、人をもよけず馬を・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・果して日本の画家があの位の刺激に挑撥されて人工的に向上したとすれば、彼らは文部省の御蔭で腕が上がると同時に、同じく文部省の御蔭で頭が下がったので、一方からいうと気の毒なほど不見識な集合体だと評しなければならない。 余が某氏の言に疑を挟む・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・もし活社会の要する道徳に反対した文芸が存在するならば……存在するならばではない、そんなものは死文芸としてよりほかに存在はできないものである、枯れてしまわなければならないのである。人工的に幾ら声を嗄らして天下に呼号してもほとんど無益かと考えま・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
出典:青空文庫