・・・未開人民の踊のような踊である。そして死ぬる。 小娘は釣っている。大いなる、動かすべからざる真面目の態度を以て釣っている。 直き傍に腰を掛けている貴夫人がこう云った。「ジュ ヌ ペルメットレエ ジャメエ ク マ フィイユ サドンナ・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・うぬが商売で寒い思いをするからたって、何も人民にあたるにゃあ及ばねえ。ん! 寒鴉め。あんなやつもめったにゃねえよ、往来の少ない処なら、昼だってひよぐるぐらいは大目に見てくれらあ、業腹な。おらあ別に人の褌襠で相撲を取るにもあたらねえが、これが・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・それで彼のなした事業はことごとくこれを纏めてみましたならば、二十ヵ村か三十ヵ村の人民を救っただけに止まっていると考えます。しかしながらこの人の生涯が私を益し、それから今日日本の多くの人を益するわけは何であるかというと、何でもない、この人は事・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・東条英機のような人間が天皇を脅迫するくらいの権力を持ったり、人民を苦しめるだけの効果しかない下手糞な金融非常処置をするような政府が未だに存在していたり、近年はかえすがえすも取り返しのつかぬような痛憤やる方ないことのみが多いが武田さんの死もま・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・乱世に於けるかかる形式は、自然と人民をして自ら治むることの有利にして且喫緊なことを悟らしめた。当時の外国貿易に従事する者は、もとより市中の富有者でもあり、智識も手腕も有り、従って勢力も有り、又多少の武力――と云ってはおかしいが、子分子方、下・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ どうしてくれるんだ? 人民を保護するとか何ンとか、口ではうまい事云って、この大事な息子の身体をこんなことにしてしまって、どうする積りなんだッ! さッ!」特高たちは、あ、又始まったと云って、自分たちの仕事にとりかゝって、見向きもしなかった。・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・古い一例を挙げれば清和天皇の御代貞観十六年八月二十四日に京師を襲った大風雨では「樹木有名皆吹倒、内外官舎、人民居廬、罕有全者、京邑衆水、暴長七八尺、水流迅激、直衝城下、大小橋梁、無有孑遺、云々」とあって水害もひどかったが風も相当強かったらし・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・日本のような貧乏な国ではいかに思想上価値があるからとてもしワグナアの如き楽劇一曲をやや完全に演ぜんなぞと思立たば米や塩にまで重税を課して人民どもに塗炭の苦しみをさせねばならぬような事が起るかも知れぬ。しかしそれはまずそれとして何もそんなに心・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・否わが家の下女に対しても昔とは趣きが違うならば、教育者が一般の学生に向い、政府が一般の人民に対するのも無論手心がなければならないはずである。内容の変化に注意もなく頓着もなく、一定不変の型を立てて、そうしてその型はただ在来あるからという意味で・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・「こんな調子だと、善良な人民を監獄に入れて、罪人共を外に出さなけりゃ、取締りの法がつかない」と、「天神様」たちは思わない訳には行かなかった。 だが、青年団、消防組の応援による、県警察部の活動も、足跡ほどの証拠をも上げることが出来なか・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
出典:青空文庫