・・・ただ少しばかり現実の可能性を延長した環境条件の中に、少しばかり人間の性情のある部分を変形し、あるいは誇張し、あるいは剪除して作った人造人間を投入して、そうして何事が起こるかを見ようとするのである。ジュリアンの「ほんとうの話」の大法螺でも、夢・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・足もとの土でさえ、舗装の人造石やアスファルトの下に埋もれてしまっているのに、何をなつかしむともなく、尾張町のあたりをさまよっては、昔の夢のありかを捜すような思いがするのである。 谷中の寺の下宿はこの上もなく暗く陰気な生活であった。土曜日・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・やはり人造でもマーブルか、乳色ガラスのテーブルの上に銀器が光っていて、一輪のカーネーションでもにおっていて、そうしてビュッフェにも銀とガラスが星空のようにきらめき、夏なら電扇が頭上にうなり、冬ならストーヴがほのかにほてっていなければ正常のコ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・それは雨の日の東京の大通りを歩いているときにしばしば経験させられることであるが、人造石を敷いた舗道が非常にすべりやすくなることがある。煉瓦やアスファルトの所はすべらないのに、適当に泥の皮膜をかぶった人造石だとなかなかよくすべる。それがおもし・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・道傍に並ぶ柱燈人造麝香の広告なりと聞きてはますます嬉しからず。渡頭に下り立ちて船に上る。千住よりの小蒸気けたゝましき笛ならして過ぐれば余波舷をあおる事少時。乗客間もなく満ちて船は中流に出でたり。雨催の空濁江に映りて、堤下の杭に漣れんい寄する・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・フラスコの中で歌う人造人間の歌を、さもさもそうらしく聞かせるような音響トリックもできていいわけである。これらは器械技術者と監督との協力によってどうにもなることと思われる。 映像の場合にも肉眼と写真カメラとの本質的差違のためにいろいろの問・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・そうかと云ってこの人造世界に向って猪進する勇気は無論ないです。年来の生活状態からして、私は始終山の手の竹藪の中へ招かれている。のみならず、この竹藪や書物のなかに、まるで趣の違った巣を食って生きて来たのです。その方が私の性に合う。それから直接・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・粋とか、よい趣味とかいう人造香料をも加えていない。諸問題は、生のまま、いくらか火照った素肌の顔をそこに生真面目に並べている。 それが、却って、云うに云えない今日の新鮮さ、頼りふかい印象を与えているのは、どういうわけなのだろうか。 日・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・しかし、その社会の一方に全く性欲のために人造された「盲妹」たちが存在した。娘に目があいてるからこそ客のえりごのみもする。見る瞳さえつぶせば、と盲目にして娼婦の営みをさせた。孔子の言葉は現実をどこまで改善しただろう。 粤東盲妓という題の詩・・・ 宮本百合子 「書簡箋」
・・・のしいか、かみ昆布、人造バタの妙なのなどと組合わされた一円なにがしの箱の真中に、桃色ベルトのキャラメルが一箇はさまっている。それ一つ欲しいばっかりに、病人の注文であるからこそ、妹は涙をふるってまるでいらないものの入ったその箱ぐるみ一個のキャ・・・ 宮本百合子 「諸物転身の抄」
出典:青空文庫