・・・ 仁王立ちになって睨みすえながら彼れは怒鳴った。子供たちはもうおびえるように泣き出しながら恐ず恐ず仁右衛門の所に歩いて来た。待ちかまえた仁右衛門の鉄拳はいきなり十二ほどになる長女の痩せた頬をゆがむほどたたきつけた。三人の子供は一度に痛み・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そこにて吻と呼吸して、さるにても何にかあらんとわずかに頭を擡ぐれば、今見し処に偉大なる男の面赤きが、仁王立ちに立はだかりて、此方を瞰下ろし、はたと睨む。何某はそのまま気を失えりというものこれなり。 毛だらけの脚にて思出す。以前読みし何と・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・いちど笑うと、なかなか、真面目な顔に帰れないもので、ねえ、てのひらを二つならべて一掬の水を貯え、その掌中の小池には、たくさんのおたまじゃくしが、ぴちゃぴちゃ泳いでいて、どうにも、くすぐったく、仁王立ちのまま、その感触にまいっている、そんな工・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・ 一瞬間、仁王立ち。七輪蹴った。バケツ蹴飛ばした。四畳半に来て、鉄びん障子に。障子のガラスが音たてた。ちゃぶ台蹴った。壁に醤油。茶わんと皿。私の身がわりになったのだ。これだけ、こわさなければ、私は生きて居れなかった。後悔なし。 月 ・・・ 太宰治 「悶悶日記」
出典:青空文庫