・・・の弱点が書いてあっても、その弱点はすなわち作者読者共通の弱点である場合が多いので、必竟ずるに自分を離れたものでないという意味から、汚い事でも何でも切実に感ずるのは吾人の親しく経験するところであります。今一つ注意すべきことは、普通一般の人間は・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ ところで沙翁には今一つの特色があります。上述の時間的なるに対してこれは空間的と云うてもよかろうと思います。すなわちこういう解剖なのです。帝王と云う字は具体の名詞か抽象の名詞かと問えば、誰も具体と答えるだろうと思います。なるほど具体名詞・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 今一つの競争は圏外に新手が出る事であります。これから新たに文壇に顔を出そうと機を覗っている人、もしくはすでに打って出た人のうちで、今までのものとは径路を同じゅうする事を好まない事がないとも限らない。これは今までの作物に飽き足らぬか、も・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・ 一本は真正面に、今一本は真左へ、どちらも表通りと裏通りとの関係の、裏路の役目を勤めているのであったが、今一つの道は、真右へ五間ばかり走って、それから四十五度の角度で、どこの表通りにも関りのない、金庫のような感じのする建物へ、こっそりと・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・一つは丸い小い葉で、一つは万年青のような広い長い葉で、今一つは蘭のような狭い長い葉が垂れて居る。ようよう床屋の前まで来たのであった。また曲った道をいくつも曲って、とうとう内へ帰りついて蒲団の上へ這い上った。燈炉を燃やして室は煖めてある。湯婆・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ どれもこれもいかぬとして今一つの方法はミイラになる事である。ミイラにも二種類あるが、エジプトのミイラというやつは死体の上を布で幾重にも巻き固めて、土か木のようにしてしまって、其上に目口鼻を彩色で派手に書くのである。其中には人がいるのに・・・ 正岡子規 「死後」
・・・○自分の病気について今一つ他人の多くは誤解して居る事がある。それは死という問題である。死ということを嫌うがため自分が煩悶して居るんだと思うて居る人が多い。しかし今日になっては死を嫌うがために煩悶することは極めて少ないので、むしろ苦痛の甚・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・「高瀬舟縁起」という文章で、鴎外は「翁草」によっているこの短い作の中に「二つの大きい問題が含まれていると思った」ことを述べている。「一つは財産というものの観念である。」「今一つは、死に掛っていて死なれずに苦しんでいる人を死なせてやるというこ・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 今一つここに注意すべきことは、現在の「非常時」的社会の相の不安につれて、いわゆるインテリゲンチアに対する嘲弄が文学その他の文化の面に現れていることである。 歴史はわれわれに実例を以て真に多数者の利害の上に立った文化を建設して行・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・ 今一つ云ってみたいのはアイヌの歌であります。彼等には文字がないので、昔からあった面白い歌も、口伝えに代々伝えられて来たのですから、忘れられたり、知っていた老人がなくなったりして歌の数もずっと減って了いました。その歌の節は内地の追分・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
出典:青空文庫