・・・そしてその急ぐ為事が片付くと、すぐに今一つの机の上に載せてある物をそのあとへ持ち出す。この載せてある物はいつも多い。堆く積んである。それは緩急によって畳ねて、比較的急ぐものを上にして置くのである。 木村は座布団の側にある日出新聞を取り上・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 秀麿は父の詞を一つ思い出したのが機縁になって、今一つの父の詞を思い出した。それは又或る日食事をしている時の事で「どうも人間が猿から出来たなんぞと思っていられては困るからな」と云った。秀麿はぎくりとした。秀麿だって、ヘッケルのアントロポ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 九郎右衛門の恢復したのを、文吉は喜んだが、ここに今一つの心配が出来た。それは不断から機嫌の変わり易い宇平が、病後に際立って精神の変調を呈して来たことである。 宇平は常はおとなしい性である。それにどこか世馴れぬぼんやりした所があ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・「そんなら今一つお前に聞くが、身代わりをお聞き届けになると、お前たちはすぐに殺されるぞよ。父の顔を見ることはできぬが、それでもいいか。」「よろしゅうございます」と、同じような、冷ややかな調子で答えたが、少し間を置いて、何か心に浮かん・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・「さて今一つ用事があるて。実はお前さんを柴苅りにやることは、二郎様が大夫様に申し上げて拵えなさったのじゃ。するとその座に三郎様がおられて、そんなら垣衣を大童にして山へやれとおっしゃった。大夫様は、よい思いつきじゃとお笑いなされた。そこでわし・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・それから今一つの玉を珈琲店に投げ込んで、二人を殺して、あと二十人ばかりに怪我をさせた。そいつが死刑になる前に、爆裂弾をなんに投げ附けても好いという弁明をしたのだ。社会は無政府主義者を一纏めに迫害しているから、こっちも社会を一纏めに敵にする。・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・ 今一つ川桝でお蝶に非難を言うことの出来ないわけがある。それは外の女中がいろいろの口実を拵えて暇を貰うのに、お蝶は一晩も外泊をしないばかりでなく、昼間も休んだことがない。佐野さんが来るのを傍輩がかれこれ云っても、これも生帳面に素話をして・・・ 森鴎外 「心中」
・・・二百文を財産として喜んだのがおもしろい。今一つは死にかかっていて死なれずに苦しんでいる人を、死なせてやるという事である。人を死なせてやれば、すなわち殺すということになる。どんな場合にも人を殺してはならない。『翁草』にも、教えのない民だから、・・・ 森鴎外 「高瀬舟縁起」
・・・それから今一つはまあ、なんと申しましょうか。わたくしあなたに八分通り迷っていましたもんですから。男。えええ。なーんーでーすーと。貴夫人。ええ。全くでございましたの。男あのあなたがわたくしに。貴夫人。ですけれど本当・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・そして出口の方へ行こうとして、ふと壁を見ると、今まで気が附かなかったが、あっさりした額縁に嵌めたものが今一つ懸けてあった。それに荊の輪飾がしてある。薄暗いので、念を入れて額縁の中を覗くと、肖像や画ではなくて、手紙か何かのような、書いた物であ・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫