・・・ その夜、老人は、最後にしんせつな介抱を受けながら死んでゆきました。すこしばかり前、かたわらにあった小さな荷物を指しながら、訴えるように、うなずいて見せたのでした。 夜明け方になって、ついに雨となったのであります。B医師は、老人が身・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・僕は母に交って此方に来て、母は今、横浜の宅に居ますが、里子は両方を交る/″\介抱して、二人の不幸をば一人で正直に解釈し、たゞ/\怨霊の業とのみ信じて、二人の胸の中の真の苦悩を全然知らないのです。 僕は酒を飲むことを里子からも医師からも禁・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ かれの兄はこの不幸なる漂流者を心を尽くして介抱した。その子供らはこの人のよい叔父にすっかり、懐いてしまった。兄貫一の子は三人あって、お花というが十五歳で、その次が前の源造、末が勇という七歳のかあいい児である。 お花は叔父を慰め、源・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・然し梅子は能くこれに堪えて愈々従順に介抱していた。其処で倉蔵が「お嬢様、マア貴嬢のような人は御座りませんぞ、神様のような人とは貴嬢のことで御座りますぞ、感心だなア……」と老の眼に涙をぼろぼろこぼすことがある。 こんな風で何時しか秋の・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・併し此場を立ち上がって、あの倒れている女学生の所へ行って見るとか、それを介抱して遣るとか云う事は、どうしても遣りたくない。女房はこの出来事に体を縛り付けられて、手足も動かされなくなっているように、冷淡な心持をして時の立つのを待っていた。そし・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・が、ひょうと矢を射てあやまたず魚容の胸をつらぬき、石のように落下する間一髪、竹青、稲妻の如く迅速に飛んで来て魚容の翼を咥え、颯と引上げて、呉王廟の廊下に、瀕死の魚容を寝かせ、涙を流しながら甲斐甲斐しく介抱した。けれども、かなりの重傷で、とて・・・ 太宰治 「竹青」
・・・一人のためには犬は庭へ出て輪を潜って飛ばせて見て楽むもので、一人のためには食物をやって介抱をするものだ。僕の魂の生み出した真珠のような未成品の感情を君は取て手遊にして空中に擲ったのだ。忽ち親み、忽ち疎ずるのが君の習で、咬み合せた歯をめったに・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・幾里の登り阪を草鞋のあら緒にくわれて見知らぬ順礼の介抱に他生の縁を感じ馬子に叱られ駕籠舁に嘲られながらぶらりぶらりと急がぬ旅路に白雲を踏み草花を摘む。実にやもののあわれはこれよりぞ知るべき。はた十銭のはたごに六部道者と合い宿の寝言は熟眠を驚・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・それが困るので甚だ我儘な遣り方ではあるが、左千夫、碧梧桐、虚子、鼠骨などいう人を急がしい中から煩わして一日代りに介抱に来てもらう事にした。介抱というても精神を慰めてもらうのであるから、先ずいろいろの話をしてその日を送って行く、その話というの・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・その人は快く承諾して、他の連と相談した上で一人を介抱のために残して置いて出て往た。このさいに自分が同行者の親切なる介抱と周旋とを受けた事は深く肝に銘じて忘れぬ。二時間ばかり待ってようよう釣台が来てそれに載せられて検疫所を出た。釣台には油単が・・・ 正岡子規 「病」
出典:青空文庫