・・・なぜなれば我々が情の活動を得んがために、文芸上の作物を仕上げたり、またはこれを味う時に働かしむる情は、作物中に材料として使用する情とは区別する必要があるからであります。我々は感覚物を感覚物として見るときに一種の情を起します、この情はすなわち・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・例えばシミがなく、マダラがなく、ムラがなく、仕上げが綺麗に出来ている。ああいう手際というものは、丁稚奉公をして五年十年遣らなければ出来ないでしょうけれども、それ以外に何かあるかと聞かれても、私には分らない。丁度人間でいいますと、やはり紳士と・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ ところがある日三十疋のあまがえるが、蟻の公園地をすっかり仕上げて、みんなよろこんで一まず本部へ引きあげる途中で、一本の桃の木の下を通りますと、そこへ新らしい店が一軒出ていました。そして看板がかかって、「舶来ウェスキイ 一杯、二厘半・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・首尾よく第六交響曲を仕上げたのです。ホールでは拍手の音がまだ嵐のように鳴って居ります。楽長はポケットへ手をつっ込んで拍手なんかどうでもいいというようにのそのそみんなの間を歩きまわっていましたが、じつはどうして嬉しさでいっぱいなのでした。みん・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・その人々が一生をつくして仕上げたいと思う生存の目標に向って進む自己を悦びにより、苦しみにより一層豊饒にし、賢くしてくれる恋愛、それから発足した範囲の広い愛の種々相に対して、私共は礼讚せずにはいられませんが、無限な愛の一分野と思われる恋愛ばか・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・ さらに他方には、東京の巣鴨にある十文字こと子女史が経営している十文字高等女学校では、十文字女史の息子が経営している金属工場の防毒マスクの口金仕上げのために、昨今は自分の女学校の四年と五年の生徒の中の希望者を、放課後二時間ずつ働かせてい・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 高田はそう梶に云ってから、この栖方は、特種な武器の発明を三種類も完成させ、いま最後の一つの、これさえ出来れば、勝利は絶対的確実だといわれる作品の仕上げにかかっている、とも云ったりした。このような話の真実性は、感覚の特殊に鋭敏な高田とし・・・ 横光利一 「微笑」
・・・そこで二ヶ月もかかって漸く彫刻仕上げたとき、父親に見つけられて了った。父は子の造ったその仮面を見ると実に感心をしたのである。「これはよく出来とる。」 そこで、子は下駄屋にされて了った。これは夢が運命を支配した話。 佐藤・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
・・・な仕事を仕上げているちょうどその時期に、わざわざシナの古代の理想へ帰って行くという試みは、何と言っても時代錯誤のそしりをまぬかれないであろう。家康自身はかならずしも時代に逆行するつもりはなかったかもしれないが、彼の用いた羅山は明らかに保守的・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・たぶん、気候の条件がそろっている上に、その年の霜の降り具合が仕上げをするのであろうと思う。いずれにしても、高山とか高原とかでなくては見られないような美しい紅葉が、大都会の中で見られるのである。 紅葉は大体十一月一杯には散ってしまう。楓の・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫