・・・少し、しつこく女の子を、からかいすぎたので、とうとう博士は、女の子の辻占を買わなければならない仕儀にたちいたりました。博士は、もともと迷信を信じません。けれども今夜は、先刻のラジオのせいもあり、気が弱っているところもございましたので、ふいと・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・家人は、私のびんぼうな一友人にこっそりお金を送ろうとして手紙を書いているのを、私は見つけ、ぶんを越えた仕儀はよせ、と言った。家人は、これは私のへそくりですから、と平気な顔で答えた。私は、かっとなり、「おまえの気のままになってたまるか。」と言・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・元々社会があればこそ義務的の行動を余儀なくされる人間も放り出しておけばどこまでも自我本位に立脚するのは当然だから自分の好いた刺戟に精神なり身体なりを消費しようとするのは致し方もない仕儀である。もっとも好いた刺戟に反応して自由に活力を消耗する・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・隣りの御嬢さんも泣き、写す文章家も泣くから、読者は泣かねばならん仕儀となる。泣かなければ失敗の作となる。しかし筆者自身がぽろぽろ涙を落して書かぬ以上は御嬢さんが、どれほど泣かれても、読者がどれほど泣かれなくても失敗にはならん。小供が駄菓子を・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・挨拶などもただ咽喉の処へせり上って来た字を使ってほっと一息つくくらいの仕儀なんだから向うでこっちを見くびるのは無理はないが、離れ離れの言語の数から云えばあなたよりも我輩の方が余計知っておりますよといってやりたいくらいだ。それからよく御婆さん・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・最後に下らない創作などを雑誌に載せなければならない仕儀に陥りました。いろいろの事情で、私は私の企てた事業を半途で中止してしまいました。私の著わした文学論はその記念というよりもむしろ失敗の亡骸です。しかも畸形児の亡骸です。あるいは立派に建設さ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ 下級の先生の良人が折からその場にいあわせて、おそらく妻君のばつのよくない仕儀について何も知らなかったのだろう、しきりに唱歌の先生へもわけてお上げよと云うのに、この人はいいのよ、とがんばったというのも面白い。唱歌の先生は世帯持ちでないと・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・ 炭は配給制になったから、その炭屋の土間が次第次第にがらんと片づいて、炭の粉がしみ込んだ土間の土ばかり、さっぱりと目に立って来たのもやむを得ない仕儀であったろう。しかし、その立札と段々広々として来る店の土間の光景は、日毎に通るものの目に・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・母のために、それはまことに遺憾な仕儀であった。そう思う私の心は、やはり有形無形の枠やとりまきにかこまれたままで示されている祖父への親愛をそぐのであった。 ずっとそういう心持が流れていたところこの間或る機会に、明治初年の年表を見ていたらそ・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・野呂栄太郎は、その治安維持法によって殺され、その直接の売りわたし手の査問を担当した事件の裁判に当って、自身もまた同じ悪虐な法律のしめなわにかけられ民衆に対する責任と義務と信頼とを裏切る仕儀に陥った。追憶の文章を流暢に書きすすめるとき、逸見氏・・・ 宮本百合子 「信義について」
出典:青空文庫