・・・「盾の仕業だ」と口の内でつぶやく。見ると盾は馬の頭を三尺ばかり右へ隔てて表を空にむけて横わっている。「これが恋の果か、呪いが醒めても恋は醒めぬ」とウィリアムは又額を抑えて、己れを煩悶の海に沈める。海の底に足がついて、世に疎きまで思い入る・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・なんて云いながら目をさまして、しばらくきょろきょろきょろきょろしていましたが、いよいよそれが酒屋のおやじのとのさまがえるの仕業だとわかると、もうみな一ぺんに、「何だい。おやじ。よくもひとをなぐったな。」と云いながら、四方八方から、飛びか・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・その時を思い出し、彼女は、いきなり良人の仕業と思い込んだのであった。「どうしたんでしょう、全くないの」「変じゃあないか」 禎一も立って下に来た。「ここにあったのよ、確なの其は」「――台処の木戸あけたかい? 今朝」「い・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・とめのもそれに似たような気持――年のゆかない娘の仕業らしく、まるめた書そこないをつい忘れて置きっぱなしに仕たところに好意が持てた。着るものなどそうはゆかず、私が言葉に出してとがめ、赤い顔をさせなければ、うまく胡魔化したつもりで横着をきめるの・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・それは誰の仕業であったろうか? ドンバスに外国資本が投資されていた帝政時代から働いていたドンバスのドイツ人技師が中心であった。 一九二九年八月、東支鉄道の問題で、中国の帝国主義者たちを突ついたのはどの国だ? フランスと結托している反動的・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 反動団体の仕業であるのはすぐ感じられた。味噌汁をついで呉れている間にこちらから訊いた。「どこで?」「官邸。……軍人だって」「ふーむ」 犬養暗殺のニュースは、私に重く、暗く、鋭い情勢を感じさせた。閃光のように、刑務所や警察の・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・フィリッピンその他の諸民族が受けた惨虐は、日本にこれほどどっさりの未亡人をこしらえた、その軍事権力の仕業であることを知ったのである。 これらの事実をしみじみととりあげた上で、未亡人という三つの文字を考えるとき、現代の歴史の中で、未亡人の・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・チミの仕業だと思ったのだ。彼は手綱をとって馬の腹をうった。森の中から児供の泣き声は次第に近づき小さい裸の人間の形をしたものが雪路の上へ飛び出して来た。そして泣き叫びつつ橇を追っかけ始めた。百姓は夢中で橇を速める。小さい裸の人間の形をしたもの・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・連合国軍の進駐前、外国兵を人間でない者のように、只恐怖、憎悪すべきもののように教えていたのは、主として日本の軍関係の仕業であった。実際に接触してみると、大多数の人々は、教え込まれていた影像とは全く違った社会生活の訓練と、人間同士のつき合かた・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・祖母の仕業だ。祖母は朝はパンと牛乳だけしか食べない。発病した朝焼いたまま、のこしたのだろう。捨てることを誰も気がつかなかったのだ。涙組みながら、私は自分の涙を怪しんだ。奇妙ではないか、祖母は決してこのパンばかりしか食べるものが無かったのでは・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
出典:青空文庫