・・・「君にも解らないじゃ、仕様が無いね。で、一体君は、そうしていて些とも怖いと思うことはないかね?」「そりゃ怖いよ。何も彼も怖いよ。そして頭が痛くなる、漠然とした恐怖――そしてどうしていゝのか、どう自分の生活というものを考えていゝのか、・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・と真蔵は放擲って置いてもお源が今後容易に盗み得ぬことを知っているけれど、その理由を打明けないと決心てるから、仕様事なしにこう言った。「充満で御座います」とお徳は一言で拒絶した。「そうか」真蔵は黙って了う。「それじゃこうしたらどう・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・「えゝい、仕様がない。このまゝ埋めてしまえ! 面倒だ」 将校はテレかくしに苦笑した。 シャベルを持っている兵卒は逡巡した。まだ老人は生きて、はねまわっているのだ。「やれツ! かまわぬ。埋めっちまえ!」「ほんとにいゝんです・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・「露助は、どうしてるんだ。」「はい。スメターニンは、」また息切れがした。「雪で見当がつかんというのであります。」「仕様がない奴だ。大きな河があって、河の向うに、樅の林がある。そういうところは見つからんか、そこへ出りゃ、すぐイイシ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・御前でそういうことがあれば、何とも仕様は無いのだ。自分の不面目はもとより、貴人のご不興も恐多いことでは無いか。」 ここまで説かれて、若崎は言葉も出せなくなった。何の道にも苦みはある。なるほど木理は意外の業をする。それで古来木理の無いよう・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・みといって水の中へ入っていたり、あるいは脚榻釣といって高い脚榻を海の中へ立て、その上に上って釣るので、魚のお通りを待っているのですから、これを悪く言う者は乞食釣なんぞと言う位で、魚が通ってくれなければ仕様がない、みじめな態だからです。それか・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・儀をするのは嫌いだもの、高貴の人の前で口をきくのが厭だ、気が詰って厭な事だ、お大名方の御前へ出ると盃を下すったり、我儘な変なことを云うから其れが厭で、私は宅に引込んでゝ何処へも往かない、それで悪ければ仕様がない」内儀「仕様がないたって、・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・「どうも汽車の音が喧しくて仕様が有りません。授業中にあいつをやられようものなら、硝子へ響いて、稽古も出来ない位です」 大尉は一寸高瀬の側へ来て、言って、一緒に停車場の方へ向いた窓から見下した。大急ぎで駈出して行く広岡理学士の姿が見え・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・この国府津時代に書きつけた、ノオト・ブックを後で見たが、自分はもうどうにもこうにも仕様が無くなったから、一切の義務なんかというものを棄てて了って、西行のような生活でも送って見たい、というようなことが書きつけてある所もあり、自分の子供にはもう・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・江島を可愛くって仕様が無いんですよ。へえ、と言いましたね。」 やがてビイルが届き、様々の料理も来て、私達は何だか意味のわからない歌を合唱したように覚えて居ます。夕靄につつまれた、眼前の狩野川は満々と水を湛え、岸の青葉を嘗めてゆるゆると流・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
出典:青空文庫