・・・……かし本の紙ばかり、三日五日続けて見て立つと、その美しいお嬢さんが、他所から帰ったらしく、背へ来て、手をとって、荒れた寂しい庭を誘って、その祠の扉を開けて、燈明の影に、絵で知った鎧びつのような一具の中から、一冊の草双紙を。……「――絵・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ とあるじは若々しいものいいで、「お民さんが来てから、何となく勝手が違って、ちょっと他所から帰って来ても、何だか自分の内のようじゃないんですよ。」「あら、」 とて清しい目をみはり、鉄瓶の下に両手を揃えて、真直に当りながら、・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・そこで工夫をして、他所から頂戴して貯えている豹の皮を釣って置く。と枇杷の宿にいすくまって、裏屋根へ来るのさえ、おっかなびっくり、(坊主びっくり貂だから面白い。 が、一夏縁日で、月見草を買って来て、萩の傍へ植えた事がある。夕月に、あの花が・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・妻の他所行き姿が目の前に浮ぶ。そして昔の懐かしいかおりまでが僕の鼻をつく。「行って来ますよ」という外出の時の声と姿とは、妻の年取るに従って、だんだん引き締って威厳を生じて来たのを思い出させた。 まだ長襦袢がある。――大阪のある芸者―・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「私は、あの子に、他所から、くつをくわえてきてやった。また、着物をさらってきてやったことがある。」と、たかはいいました。 ひのきの木は、身動きをしながら、「俺は、あの子に、いろいろな唄の節を教えてやったものだ。また、あの子が父親・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
これは狐か狸だろう、矢張、俳優だが、数年以前のこと、今の沢村宗十郎氏の門弟で某という男が、或夏の晩他所からの帰りが大分遅くなったので、折詰を片手にしながら、てくてく馬道の通りを急いでやって来て、さて聖天下の今戸橋のところま・・・ 小山内薫 「今戸狐」
・・・それなら他所へ行くが良かろう。おれはいま百万円の借金がある。この借金は死ぬまで返せまい。そんなおれに、金持ちになる道が教えられると思うのか。うはははは……」 笑いやんで、五代は、「――帰れ」 と、言った。 丹造はその後転々奉・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ げんにその日も――丁度その日は生国魂神社の夏祭で、表通りをお渡御が通るらしく、枕太鼓の音や獅子舞の囃子の音が聴え、他所の子は皆一張羅の晴着を着せてもらい、お渡御を見に行ったり、お宮の境内の見世物を見に行ったり、しているのに、自分だけは・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ それでは今晩だけこゝに居りますからね。明日別の処へ行きますからね、いゝでしょう? 泣くんじゃありません……」 併し彼女は、ます/\しゃくりあげた。「それではどうしても出たいの? 他所へ行くの? もう遅いんですよ……」 斯う云う・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・銀座などとちがって、狭い山ノ手のカフェでは、孤独な客が他所のテーブルを眺めたりしながら時を費すことはそう自由ではない。そんな不自由さが――そして狭さから来る親しさが、彼らを互いに近づけることが多い。彼らもどうやらそうした二人らしいのであった・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫