・・・その旗は算木を染め出す代りに、赤い穴銭の形を描いた、余り見慣れない代物だった。が、お蓮はそこを通りかかると、急にこの玄象道人に、男が昨今どうしているか、占って貰おうと云う気になった。 案内に応じて通されたのは、日当りの好い座敷だった。そ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・しかし内容はともかくも、紙の黄ばんだ、活字の細かい、とうてい新聞を読むようには読めそうもない代物である。 保吉はこの宣教師に軽い敵意を感じたまま、ぼんやり空想に耽り出した。――大勢の小天使は宣教師のまわりに読書の平安を護っている。勿論異・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・何か、代物を所持なさらんで、一挺、お蝋が借りたいとでも言わるる事か、それも御随意であす。じゃが、もう時分も遅いでな。」「いいえ、」「はい、」と、もどかしそうな鼻息を吹く。「何でございます、その、さような次第ではございません。それ・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・「そんな物で身受けが出来る代物なら、お前はそこらあたりの達磨も同前だア」「どうせ達磨でも、憚りながら、あなたのお世話にゃアなりませんよ――じゃア、これはどう?」帯の間から小判を一つ出した。「これなら、指輪に打たしても立派でしょう?」・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・といってゆくものもあれば、なかには、売ってくれぬかといったものもありますけれど、おじいさんは、「これは、金銭では売られない代物だ。」といって、断ったのでありました。 ところが、おじいさんのかわいがっている正坊が、重いかぜをひいて臥ま・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
・・・ 二 永代橋傍の清住町というちょっとした町に、代物の新しいのと上さんの世辞のよいのとで、その界隈に知られた吉新という魚屋がある。元は佃島の者で、ここへ引っ越して来てからまだ二年ばかりにもならぬのであるが、近ごろメッキ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ おれもお前に貰って、見たが、版がわるい上に、紙も子供の手習いにも使えぬ粗末なもので、むろん黒の一色刷り、浪花節の寄席の広告でも、もう少し気の利いたのを使うと思われるような代物だった。余程熱心に読まねば判読しがたい、という点も勘定に入れ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ いかに何でも奥州下んだりから商売の資本を作るつもりで、これだけの代物を提げてきたという耕吉の顔つきを、見なおさずにはいられないといった風で、先生はハキハキした調子で言った。「それではその新しい方の分も、全部贋物なんでしょうか」芳本・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ その後桂はついに西国立志編を一冊買い求めたが、その本というは粗末至極な洋綴で、一度読みおわらないうちにすでにバラバラになりそうな代物ゆえ、彼はこれを丈夫な麻糸で綴じなおした。 この時が僕も桂も数え年の十四歳。桂は一度西国立志編の美・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・罵倒号など、僕の死ぬ迄、思い出させては赤面させる代物らしいのである。どんな雑誌の編輯後記を見ても、大した気焔なのが、羨ましいとも感じて居る。僕は恥辱を忍んで言うのだけれど、なんの為に雑誌を作るのか実は判らぬのである。単なる売名的のものではな・・・ 太宰治 「喝采」
出典:青空文庫